【FC東京】「一度は引退を考えた」元代表・石川直宏が、それでも現役にこだわる理由

2016年05月27日 白鳥和洋(サッカーダイジェスト)

石川を救った、いくつかの希望の光。

スピードスター・石川の復活を、FC東京のファン・サポーターも心待ちにしている。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

「正直、引退を考えました」
 
 石川直宏は、はっきりとそう言った。2015年の8月2日、フランクフルトとの親善試合で左膝前十字靭帯を断裂した時、脳裏によぎったのは「引退」の二文字だった。
 
「フランクフルトでのあの試合は楽しみにしていました。同部屋だった(前田)遼一もそうでしたね。

遼一は海外でプレーしたいという気持ちを持っていただろうし、ワールドカップでプレーする姿を思い描いていたところもあったはずです。それは自分も同じで、だから親善試合とはいえドイツの地でできることを楽しみにしていたんです。
 
それが……。遼一が前半に活躍をして、後半から『俺も行くぞ!』と思っていたなかで怪我をしてしまいましたからね」
 
 甦ってきたのは、09年の苦い記憶だ。そのシーズンはまさに絶好調で、ゴールをハイペースに量産。しかし、得点ランクのトップに並ぶ15ゴール目を決めた10月17日の柏戦で左膝前十字靭帯を損傷してしまった。
 
 負傷直後に何度もピッチを叩き、担架で運ばれる痛々しい姿からは無念さが伝わってきた。結局、シーズン絶望、2010年のワールドカップ出場も叶えられなかった。当時は手術をせず、保存治療で復帰にこぎ着けたが、石川のなかには拭い去れない「違和感」があった。
 
「(09年に怪我をした時は)手術をしないでやれるようになりましたけど、違和感はありましたね。『自分の膝じゃないんじゃない?』というストレスを抱えながらプレーしていましたよ。その膝がフランクフルト戦で同じように壊れた。過去の経験、つまり、09年のリハビリがどれだけ辛かったかは分かっているわけで、正直、ここからこの年齢でパフォーマンスを上げるのは厳しいと分かっていました。だから、正直、引退を考えましたね。
 
怪我をしたのが8月ですから、その時点でシーズン中の復帰は無理、次のシーズンもしばらくできないことを理解しました。そうなると、チームに迷惑がかかりますからね。なかなか難しい状況でした」
 
 同部屋だった前田も声をかけられないような状態だった。石川曰く、「遼一は気持ちを察してくれたというか、あの時は静かに見守ってくれました」。
 
 振り返れば、2015年は石川にとってジェットコースターのようなシーズンだった。足の怪我から復帰し、3月18日のナビスコカップ・新潟戦で2シーズンぶりのゴールを決めると、4月4日の甲府戦(J1・第1ステージ4節)では左足の強烈なボレーで決勝弾を叩き込んだ。華麗な復活をアピールしたが、4月22日の鳥栖戦(ナビスコカップ)で負傷退場。そしてピッチに戻ってきたと思ったら、ドイツで悪夢に見舞われた。
 
 そこから気持ちを立て直すのはかなり厳しかったはずだ。それでも、どん底まで落ちた石川が踏み止まれたのはいくつかの希望の光があったからである。
 

次ページ“あの選手”の引退も石川を奮い立たせる要因に。

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