【大宮】たったひとつの椅子を争う男たち――塩田仁史が加藤順大に贈った言葉

2016年05月09日 古田土恵介(サッカーダイジェスト)

特別な戦い。“さいたまダービー”を迎えた背番号1。

加藤が大宮の一員として初めての“さいたまダービー”。平常心で臨むことの大切は理解しているものの、14年も在籍した古巣との対戦は心を揺さぶられるものがあった。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

 大宮にとって特別な日は、この日ゴールマウスに立った加藤順大にとって輪をかけて大切な日だった。なにせ、昨季に浦和から大宮へと移籍して、初めて迎える"さいたまダービー"。サポーターにろくに挨拶もできずに禁断の移籍を果たした男は、「ずっとモヤモヤしていた」という。
                                    
 もちろん、ピッチに立つ以上は余計な感情を排除しなければならない。複雑な心情を整理して、90分間を過ごす。プロ選手とはそういうものだ。それでも……。自分を育ててくれた浦和と戦うことに対して、まったくの平常心で臨むことなど不可能だったのは、容易に想像がつく。

 ユース時代から数えて14年も在籍したのだ。良い時期も、上手くいかなかった時期も知っている。悲願のリーグ王者となったし、アジアチャンピオンの座にもついた。それゆえに、同じ市をホームタウンにするクラブ同士の戦いという枠を超えたなにかが、胸には去来していた――。
 
 サッカーにおいてGKというポジションは特殊だ。11人いるチームで、ひとりだけ手を使ってプレーすることができる。そして、ポジションはひとつしかない。基本的にひとりの選手に固定されるのが常で、怪我などのアクシデントなしでは途中交代も珍しい。
 
 ちょっとやそっとのことでは第1GKと第2GKの立ち位置はひっくり返らず、それを掴むために、常日頃からより過酷な戦いを強いられている。それこそ、毎日の練習がダービーみたいなもの。それに真摯に向き合って取り組み続けた先に、やっと90分間プレーする権利を手にしている。
 
 そんな状況で、加藤と切磋琢磨しているのが塩田仁史だ。塩田も昨季、11年在籍したFC東京を離れる決断をして大宮へと移籍してきた。もしかしたら、ポジション争いのライバル以上のシンパシーを感じていたのかもしれない。ともに波乱と紆余曲折を乗り越え、ひとつのクラブでプレーを続けて、強い意志を持って離れたのだから。
 
 年齢も歩んできた道も違う。一緒くたに語れるはずもない。だが、ふたりの歩みを辿っていくと、ある意味で重なる点は多い。古巣では、思うように出場機会を得られたわけではない。それでも、腐らず、前向きに日々を過ごしてきた。ピッチ上はもとより、ピッチ外での貢献度の高さも共通点だった。

次ページ切磋琢磨するライバルだからこそ、響く言葉がある。

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