【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の六十五「日本がシリア戦で見せたプレーはワールドカップで通用するのか?」

2016年04月02日 小宮良之

相手によって戦い方が変わるサッカーでは想像力が必要となる。

そのミスを強国相手の試合で犯したらどうなるか……。常に想像、仮想することが大事である。 写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

 言うまでもないが、フットボールは対戦相手のいるスポーツである。すなわち、相手の力量によって、自分たちの戦い方も著しく変化する。それは、この競技の"掟"や"法則"と言っても差し支えないだろう。
 
 ロシア・ワールドカップのアジア2次予選において、日本が最終戦で対戦したシリアは、世界的に見て弱小国である。
 
 よく、「相手へのリスペクト」などという言葉が使われるが、この場合、彼らを弱小国としないのは、リスペクトではなく、遠慮であり、弱気であり、(失態を怖れる)臆病さである。
 
 一方で、「そんな相手なら10-0で勝つべきだ」という意見もあるかもしれない。しかしながら前述した通り、フットボールはミラーのような特性を持ったスポーツだ。
 
 実力が大きく離れた相手に対しては、どんなマネジメントをしても気の緩みや侮りが出るものであり、また相手はとにかく失点しないことに集中してくる。かけ離れた実力差においては、ゲームは成立しにくいのだ。
 
 だからこそ、スコアよりも内容を吟味する必要がある。その上で、日本はW杯で戦えるのか?――という想像力が大事になる。
 
 シリア戦で彼らは5-0の勝利を飾り、首位での最終予選進出を決めた。結果は上々だったが、そこで見せたいくつかのプレーは、世界の舞台では命取りになるものだった。
 
 例えば、ボランチに入った山口蛍はチャレンジして入れ替わられた他、無防備に攻撃のポジションを取って守備が後手に回り、狙いすぎて単純なパスミスを連発するなど、目も当てられなかった。
 
 彼のインターセプトは確かに華やかに見えるが、決まらなかった時のリスクが管理されていない。ボランチがポジションを留守にすることは、全体の破綻を意味する点を憂慮すべきである。
 
 また、CBの森重真人も緩慢なポジショニングが目立ち、背後を取られることも多く、また後半は不用意なパスミスで何度かピンチを迎えていた。
 
 終盤、相手FWにエリア内でシュートを許したシーンは、どうにか味方の頑張りで防いだものの、完全に撃ち切られてしまっていた。レベルの高いストライカーと相対した場合、このように簡単に反転させてしまったら、それは失点に直結するだろう。

次ページアフガン戦とは違って集団の調和が乏しかったシリア戦の日本。

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