NOと言えない子どもたちがいない世界へ。スポーツをエンパワーのツールとして活用【日本サッカー・マイノリティリポート】

2024年01月22日 手嶋真彦

バルサ財団の取り組みに参画。スポーツの可能性が広がった

自分のことを「あまのじゃくだ」と形容する井上。“マイノリティ”だからこそ、これからも未来を切り拓いていくのではないか。(C)S.C.P. Japan

 NOと言えない子どもたちがいないそんな世界へ、私たちを導くいわば手引きが、Jリーグも推進するセーフガーディングだ。その理解と広がりをライフワークとする元サッカー選手の、スポーツをエンパワーの(力を発揮するための)ツールとして活用する取り組みを紹介する。

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 言葉は使い方ひとつで、人を傷つける刃(やいば)となり、時には人を救う妙薬となることもある。スポーツも同じだと、井上由惟子(一般社団法人S.C.P.Japan)の波瀾万丈とも表現できる歩みが物語っているかのようだ。使い方次第で人の可能性を広げもするし、狭めもする。

 井上は少し前から、遊び場のようなスポーツ教室を仲間たちと共に主宰する。そこではスポーツが、大切な価値観を育むためのツールとなる。

「大事にしているのは、多様な子どもたちが一緒にプレイすることです。年齢も、障がいの有無や程度もいろいろな子どもたちが同じ場所に集まり、見守る大人たちも含めて、みんなで楽しめる方法を一緒に探しながら"安全に"プレイします」

 セーフガーディングへの理解や広がりをライフワークのひとつとしている井上は、「安全に」という言葉を怪我や事故のないようにという意味合いだけでは使わない。井上たちのスポーツ教室に参加した子どもたちが、心に傷を負うことなく、楽しかった、嬉しかった、良かったと思えるような安全もそこには含まれる。

 Jリーグも推進しているセーフガーディングとは、どのような価値なのか。多くの人々がその価値を分かち合えたら、私たちの生き方にどのような可能性が広がっていくのだろうか――。

 井上たちが「ハッピースポーツ教室」と名づけたこの取り組みには、モデルがある。多様な人々が共生できるインクルージョンへの貢献や、弱い立場にある子どもや若者の生活の質の向上などをミッションとしているバルサ財団(母体はFCバルセロナ)が、日本で展開していたワークショップのような講習会だ。スポーツを社会課題解決のためのツールとして活用しているこの取り組みへの縁あっての参画は、井上の大きな転機となる。

 これは面白い。井上がそう感じたのは、バルサ財団が派遣していた講師がスポーツそのものの指導者ではなかったからだ。

「ソーシャルワーカーの方々が、ソーシャルワークを必要とするコミュニティに出向き、スポーツをツールとして使っている面白さです」

 バルサ財団は5つの価値観を大切にしている。チームワーク、野心、リスペクト、努力、謙虚さだ。講習会ではレクのようなスポーツ活動を通して、5つの価値観を育むための方法論を学ぶ。
 
 必要ならば、参加している子どもたちに合わせてルールを変えていくのが、この方法論の特徴だ。リスペクトに焦点を合わせるなら、それがたくさん生まれるようなルールをみんなで考える。勝敗もスポーツの点差だけでは決まらない。その日の自己評価や他己評価も含めた総合評価という勝負のつけ方に、井上はハッとした。

「今日は他の人を一番リスペクトした人が勝ちだとか。自分で設定していた目標をクリアできた人が勝ちだとか。工夫すればスポーツを通して、勝ち負けの概念を変えられる。勝ちの概念自体を増やしていける。そう気づいたからでした」

 ソーシャルワーカーは社会福祉活動の専門職だが、子どもたちとどのようにコミュニケーションを取ればよいか、正解を教えてくれるわけではない。人は一人ひとり全員違う。成長していく速さも違う。今日の正解が明日も正解とは限らない。

 むしろソーシャルワーカーたちが大事にしていたのは、コミュニケーションを取りながら一緒に考えていくプロセスのほうだった。それまでの井上は絶対的な正解を探していたからだろう。肩の力が抜けていくのを感じていた。

「正解がないなら、自分も学びつづけて、考えつづけるしかないんだな」

 自分にとってのスポーツの可能性が広がるのも感じていた。スポーツを、その専門家ではない人が、ツールとして活用している光景を目の当たりにしたからだ。

「ソーシャルワーカー、かっけえ! と思いました(笑)」

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