【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の六十「アドレナリンの危険な罠」

2016年03月04日 小宮良之

指揮官交代で高揚したマドリーも、すぐに化けの皮が剥がれ…。

ジダン監督就任の効果は確かに表われたが、それだけでマドリーの根深い問題が解決するはずもなかった。そして現在では早くも、次の監督が誰になるかが話題となっている……。 (C) Getty Images

 アドレナリンが出る――。
 
 フットボールの世界では、それが勝負の決め手にもなりうる。
 
 脳内の分泌物による高揚感は、「シュートを打ったら全て入る気がする」というトランス状態に選手を誘う。分泌物がチームという集合体で出ていた場合には、息を呑むような覇気を見せ、非常に勝負強い集団となるだろう。
 
 ディエゴ・シメオネ(アトレティコ・マドリー)、ジョゼ・モウリーニョ(前チェルシー)は、チームにアドレナリンを放出させられる指導者であり、それによって大きな違いを生み出している。
 
 限りなく闘争心を煽り、時に荒々しさが度を越し、悪辣なプレーになったとしても、勝利のみを求める戦士の気概を持たせられる。ただし、分泌過多になると、ホセ・ヒメネス(A・マドリー)やアルバロ・アルベロア(レアル・マドリー)といったDFたちのように、悪逆派のレッテルを貼られることになるが……。
 
 その是非はあるにせよ、指揮官が誘導したアドレナリンによって、本来の、あるいは持っている以上のインテンシティやスピードが選手から引き出されるのだ。
 
  しかし、アドレナリンによる酩酊は、しばしばフットボールの本質を曇らせ、見えなくさせる。
 
 例えば、ラファエル・ベニテスの後にジネディーヌ・ジダンがマドリーの監督に就任した時、サンチャゴ・ベルナベウ全体で大量の分泌物が出ていた。戦術に固執して嫌われた指揮官に代わって伝説の英雄が指揮を執ることで、選手は気力を漲らせ、躍動し、大量得点で一気にお祭りムードになったのだ。
 
 しかし、アドレナリンはいつか必ず切れる。
 
 フットボールは、気分次第の側面がある、メンタルスポーツである。その点で優位に立ったものがしばしば勝つわけだが、本質に目を塞いではならない。
 
 事実、マドリーはマラガに引き分け、マドリードダービーで敗れるなど、"化けの皮が剥がれる"状態となっている。攻守のバランスの悪さという、チーム構造の欠陥は変わっていなかったのである。

次ページ「イケイケ」だけで世界のトップに立ったチームなど存在しない。

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