ワールドカップ初出場を決め、日本中が熱狂した夜から26年――。あらためて振り返る“ジョホールバルの歓喜”の金字塔【コラム】

2023年11月16日 石川聡

【今日は何の日?】1997年11月16日:フランスW杯アジア第3代表決定戦、日本vsイラン戦(ジョホールバル/マレーシア)

ジョホールバルで躍動した20歳に中田(右)。日本代表の全3得点に絡んでみせた。(C)Getty Images

「悲劇」から「歓喜へ」。

 FIFAワールドカップ(W杯)の1994年アメリカ大会アジア地区最終予選で日本代表が初出場への道を断たれた「ドーハの悲劇」から約4年、ついに世界への扉を開く瞬間が訪れた。「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれる1998年フランス大会アジア地区第3代表決定戦。1997年11月16日に行なわれた運命の一戦で、日本は悲願のW杯切符をつかみ取った。
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 フランス大会最終予選は10チームが5チームずつ2グループに分かれ、ホーム&アウェーの総当たりリーグ戦。各グループの1位が本大会出場権を獲得し、同2位同士のAFCプレーオフで勝ったほうがアジアの第3代表としてフランスへ。その敗者はオセアニア地区代表との大陸間プレーオフに本大会出場の希望を託すというのが、アジア勢の本大会への道筋だった。

 グループBで韓国の後塵を拝した日本は、グループAでサウジアラビアに次ぐ2位となったイランと、第3代表決定戦に望みをつなぐことになる。会場の選定についても水面下で微妙な駆け引きがあったが、日本サッカー協会(JFA)は対戦相手であるイランの了解も取りつけ、マレーシアのジョホールバルに決まった。

 W杯初出場決定の瞬間を見届けようと、ジョホールバルには日本からもファン・サポーターが大挙して押しかけた。小さなラルキン・スタジアムは2万2000人の観衆ではち切れんばかりとなった。最終予選途中で加茂周監督の更迭を受けてコーチから昇格した岡田武史監督が指揮を執る日本は、以下のメンバーがピッチに立った。GK:川口能活、DF:名良橋晃、井原正巳、秋田豊、相馬直樹、MF:山口素弘、中田英寿、名波浩、北澤豪(91分、岡野雅行)、FW中山雅史(63分、呂比須ワグナー)、三浦知良(63分、城彰二)。

 試合の均衡は39分に破れた。中田から中山につなぎ、日本が先制した。しかし、後半開始直後に追い付いたイランは、59分にエースのアリ・ダエイがヘディングシュートを決めて逆転に成功。日本も交代出場の城が76分に中田のクロスを頭で合わせて同点。90分は2-2のスコアで終了し、得点が生まれた瞬間に試合が終了するゴールデンゴール方式の延長戦に突入した。
 
 この延長戦を前に、岡田監督は北澤に代えて岡野を投入する。岡野は後にJFA公式サイトのインタビューで、岡田監督に「おまえは秘密兵器だ。隠し玉にしておきたい。お前が必要なときは絶対に来るから」と、信頼の言葉を掛けられたことを明かしている。だが、期待の"野人"は延長戦前半に何度か訪れたチャンスをモノにできず、日本陣営には嫌なムードが漂った。

 しかし、日本サッカーにとっての歴史的瞬間は、その岡野がもたらした。延長戦後半も終わりに近づいた118分、中田がドリブルで持ち上がり、左足で思い切りよくシュート。GKは横っ飛びで弾いたものの、そこに走り込んで来たのが岡野。倒れ込みながら蹴り込んだボールがゴールネットを揺らした瞬間、これまで何度試みても開かなかった扉からW杯の光が一気に差し込んできた。日本は劇的な3-2の逆転勝利を収め、翌年のフランス大会出場権をしっかりとその手に握ったのだった。

 ビデオリサーチによれば、この歴史的一戦を放映したフジテレビの平均視聴率は47.9%を記録。日本中が快挙に酔いしれた夜だった。

文●石川 聡

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