「今季を終えたら税理士になる」ハノーファーFWが27歳で引退を決断した理由。9部から上り詰めた異色のキャリア【現地発】

2023年05月20日 中野吉之伴

サッカーはあくまでも趣味の一つ

今シーズン限りでの引退を発表したバイダント。(C)Getty Images

 プロサッカー選手はサッカーをしている人にとって夢の仕事だろう。

 でもプロサッカー選手になること、そしてプロサッカー選手であり続けることが誰にとっても最高の答えではない。人生は長い。そしてそれぞれの人生にはそれぞれの歩み方がある。

 23年5月4日、ブンデスリーガ2部のハノーファーでプレーするFWヘンドリク・バイダントがプロ選手としての引退を表明した。今季限りで契約が切れることで延長するのか、移籍するのかで注目を集めていたが、バイダントは次のように発表した。

「数週間前から決断していたんだ。ハノーファーとのこれからの契約にサインはしない。僕にははっきりとしたプランがある。今シーズンを終えたら税理士として働く」

 27歳での引退は早い。長引く負傷が原因だったり、うつ病に苦しみ、一戦から身を引いたセバスティアン・ダイスラーのような例もある。だが、バイダントは確かな人生ビジョンがある中で、次のステップを踏む時期と決断しての引退表明だ。

 今後はハノーファーに税理士事務所を構えている父親のもとで新しいスタートを切るという。

「サッカーをする前に辞めたところから再スタートを切る。プロ選手としてサッカーをするのと並行して、大学でバチュラーとマスターをとることができた。ものすごくインテンシブでいろんなことがあった人生の一幕は終えることになる」
 
 バイダントがプロ選手になったのは既定路線でもなければ、願い通りというわけでもなかった。もともとはどこにでもいる普通のアマチュアサッカー選手。ブンデスリーガの育成アカデミーでプレーしたこともない。成人チームで最初にプレーしていたのは9部だ。

 ピアノが趣味で、ハノーファー大学では経営学を学んでいた。住まいは友人とのシェアハウス。ゆくゆくは大学を卒業して、父親の税理士事務所を継ぐものと思われていた。

 サッカーはあくまでも大好きなスポーツで、趣味の一つ。そういう位置づけだったはずだが、少しずつ状況が変わってくる。195センチの長身ながら俊敏な動きができるバイダントが下部リーグでゴールを量産すると、その活躍を耳にした4部リーグのエゲシュトルフに引き抜かれる。そもそも9部から4部への移籍もめったにある話ではないのだが、4部でも得点を重ねていくと、少しずつその名前が知れ渡るようになる。

 18年には同じく4部所属のハノーファーU-23へと移籍。選手としての月収は400ユーロから3000ユーロにアップした。本来はU-23でプレーする予定だったが、トップチーム監督のアンドレ・ブライテンライターにFWとしての資質を見出される。定期的にトップチームでトレーニングを積むようになり、ブンデスリーガ1部の開幕戦となった18年8月25日のブレーメン戦では途中出場でついにデビュー、さらにはチーム唯一のゴールを決めている。

 ちなみにバイダントと交代したのは、当時ハノーファーでプレーしていた浅野拓磨だった。かつて9部リーグで地元の仲間と週末のサッカーを楽しみ、テレビの前でスター選手のプレーに一喜一憂していた彼が、トップリーグでプレーし、スタジアムで歓喜を浴びる立場になったのだ。

【動画】浅野と交代で途中出場…バイダントが決めたブンデス1部初ゴール

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