【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の四十六「育成に潜む矛盾」

2015年11月26日 小宮良之

環境を整えることは、必ずしも育成強化とは言えない。

育成メソッドに長け、90年代前半までは欧州のトップクラブに君臨したアヤックス。ただ、近年は欧州カップ戦でも上位まで勝ち進めず、育成面でも結果を残せていない。(C)Getty Images

 育成をどう強化していくべきか? このテーマは多分に矛盾を含んでいるだけに、簡単に解決できない。
 
「このままでは、アヤックスのフットボールは衰退するだろう」
 
 かつてヨハン・クライフはそう言って、警鐘を鳴らしたことがあった。当時アヤックスは、ストリートサッカーからタレントが生まれることに着目。練習グラウンドでそれを再現することによって、育成強化につながると考えた。障害物を置いたり、転がりにくいボールを使ったり、ストリートサッカーを人工的に再現。アイデアとしては悪くなかったかもしれない。
 
 しかし結果は、クライフの予言通りになった。アヤックスは急激に力を失い、近年は欧州カップ戦で上位に勝ち上がることはなく、昔のように才気溢れる選手は生まれなくなっている。
 
 人工的に作られたストリートサッカーは、ストリートサッカーの本質がざっくりと削がれていた。ストリートサッカーは、不測の事態や困難への対処とそれらを乗り越える高揚感と喜びの反復に本質がある。しかし、スタッフが用意した不測の事態や困難はあくまで作りもので、子どもに自然な感動を与えない。子どもは無邪気で本能的な生き物であり、大人の作った浅はかな工夫を即座に読み取ってしまうのだ。
 
 環境を整えることは、必ずしも育成強化とは言えない。大人が頑張れば頑張るほど、子どもたちは劣化していく。そんな怖い現実も待っている。
 
 今や世界最高の選手と言われるアンドレス・イニエスタは、9歳まで土のグラウンドでプレーしている。地面は固くデコボコで、しばしばバウンドが変わった。そこでイニエスタはボールコントロールを習得した。コーチは「ボールを操る時は顔を上げろ」という指示だけは徹底したと言うが、イニエスタは言われなくても左右を見て、最善の選択ができたという。
 
 また、当時多く使われたMIKASAのボールは重く、遠くに飛ばなかった。ボールの芯を捉えなければ、パスコントロールも乱れたし、球速が落ちた。ぼろぼろになるまで使ったこともあり、ボールによって変化も変わった。一方、今のボールは簡単に曲げられるし、空気抵抗を使った変化まで付けられる。子どもが適当に蹴ったとしても、どうにか飛ぶ作りになっている。
 
 イニエスタは厳しい環境にいたからこそ、そのスキルを高めたとも言える。

次ページ恵まれたクラブ出身者よりも、ハード面の遅れの目立つ高体連出身選手のほうが伸びしろを感じさせる。

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