【FC東京】怪我との戦いを乗り越え――怪物・平山相太が見据える大舞台での完全復活

2015年10月03日 飯尾篤史

三度の大怪我に見舞われ、みたびリハビリ生活を余儀なくされる。

昨年8月23日の浦和戦で右足首内果の骨折という重傷を負った平山。みたび大きな怪我に見舞われることに……。写真:佐藤 明(サッカーダイジェスト写真部)

 彼ほど不思議な選手もいないだろう。チームへの貢献度で言えば、もっと活躍している選手が過去にも、現在もたくさんいる。むしろ期待に応えられなかったゲームのほうが多いくらいだ。
 
 それなのに、彼が登場するだけで、スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれ、特別な雰囲気に包まれる。
 
 おそらくそれは、人を惹きつける魅力と、とんでもないことをやってくれそうな(あるいは、しでかしそうな)雰囲気を、彼が持ち合わせているからだろう。
 
 サポーターからこよなく愛される男――平山相太が辛いリハビリ生活を乗り越え、14年8月23日以来、約1年ぶりにピッチに戻ってきた。
 
 待望の瞬間が訪れたのは8月29日、J1第2ステージ9節の清水戦だった。マッシモ・フィッカデンティ監督から声を掛けられ、67分、ピッチサイドに立った。戻ってきたネイサン・バーンズと入れ替わってピッチに足を踏み入れた瞬間、腰をかがめて右手を伸ばし、芝生の感触をそっと確かめた。まるで「ただいま」とあいさつするかのように――。
 
 振り返れば、平山にとってここ数シーズンは、怪我との戦いの日々だった。
 
 J2で迎えた11年、エースとしての活躍が期待されたが、4月に脛骨・腓骨を骨折してシーズンを棒に振ると、翌12年5月にも腓骨・短腓骨筋を挫傷して離脱を余儀なくされる。その結果、11年は1試合、12年は4試合の出場にとどまった。
 
 二度の大怪我を克服した13年はスーパーサブとして途中出場が続いたが、14年はエドゥーと熾烈なポジション争いを繰り広げ、先発出場の回数を増やしていく――。
 
 そんな時期のことだった。浦和戦で危険なタックルを浴び、右足首内果を骨折してしまったのは……。残りシーズンは絶望、みたびリハビリ生活を余儀なくされた。
 
 完全復活に懸けた今シーズン、自ら望んで背番号を13から9へと変更した。06年夏の加入以来、納得のいく活躍をしていない自分自身にプレッシャーを掛けるためだった。
 
「背番号を変えることで自分の責任をもっと大きくしたいと思ったんです。ふた桁は取らないとチームの優勝に貢献できない。そういうノルマを自分に課したいと思います」

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