連載|熊崎敬 【蹴球日本を考える】人間国宝のごとく――中村俊輔のリズムの創り方

2015年09月27日 熊崎敬

退屈な展開のなかでも堪能できる、名手による駆け引きの妙。

自身の能力を最大限に発揮する方法を探り、躊躇なく実践する。中村の動きは、まさに老練と言えよう。 写真:サッカーダイジェスト写真部

 1-1に終わった湘南ベルマーレと横浜F・マリノスの「神奈川ダービー」。戦前、このゲームの焦点は"リズム"にあると私は考えていた。
 
 ボールが激しく動く展開なら、走力に勝る湘南が有利。反対にゆったりと動く展開なら、37歳の司令塔、中村俊輔を擁する横浜が有利。これはリズムの綱引きと言っていい。
 
 果たして、ゲームを支配したのは、横浜のリズムだった。
 
 彼らは最終ラインからしっかりとボールを動かし、試合をコントロールすることで湘南の勢いを出させなかった。前半に許したシュートはわずか2本、永木亮太の豪快なFKで追いつかれる70分まで主導権を握っていた。
 
 試合のリズムを決定づけたのは、中村の老練な動きである。
 
 トップ下でプレーする中村は、永木とマッチアップする場面が多くなる。だが執拗についてくる永木を見て、序盤に何度か最終ライン付近に下がってボールを受けた。
 
ここまでは、永木はついてこない。フリーで前を向けるポジションに下がって、タッチライン際にポーンとロングパスを繰り出す。これで横浜は大きくラインを押し上げていくのだ。
 
 中村は、次のふたつの選択肢のなかから、下がり目でのプレーを選択している。
 
・前で受ければゴールは近いが、敵に激しくマークされる。
・下がって受ければゴールから遠くなるが、敵のマークは甘くなる。
 
 これは理に適っている。前を向きさえすれば、多少の距離に関係なく、一本のピンポイントパスで決定機を創り出すことができるからだ。
 
 中村が頻繁にボールを持つことで、横浜はゆったりとした流れでゲームを創り始めた。これには最後尾で敵をはぐらかしながらボールをさばいた、CBファビオの貢献も大きい。
 
 横浜が主導権を握ると、ゲームは動きに乏しい、率直に言って退屈な展開となる。だが、それでも私は飽きることがなかった。中村の一挙手一投足に目を凝らせば、駆け引きの妙が手に取るように分かるからである。
 
 それが最大限に発揮されるのがセットプレーだ。左足から繰り出される、敵の急所を突く鋭い弾道だけが見どころではない。私が興を惹かれたのは、笛が吹かれてからキックを蹴るまでの間の取り方である。

次ページサッカーとはリズムの奪い合いであり、壊し合いでもある。

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