【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の三十一「指揮官の責任」

2015年08月13日 小宮良之

“戦術が浸透して結果を残す”ことは、ほとんどあり得ない。

同国リーグの有力クラブに在籍する選手を多く用い、そのクラブの戦術を軸にメンバーを組むことは代表強化に直結する。現欧州王者のスペイン、現世界王者のドイツもこれに当てはまる。写真:SOCCER DIGEST

 フットボールの歴史に残る戦術家、アリーゴ・サッキ。かつてACミランを率いた彼が拵えたプレッシングフットボールは、まさに革命的だった。
 
 リベロを務めたフランコ・バレージが操るオフサイドトラップは芸術の域で、ボールを囲い込んで奪う守備は斬新さを究めた。ルート・フリット、フランク・ライカールト、マルコ・ファン・バステンというオランダトリオの肉体的躍動は眩しかった。
 
 サッキは偉大な選手たちの能力を戦術というかごの中に入れたが、その練度は極めて高く、選手たちは決まりごとの拘束感よりも相手を叩き潰す自由を謳歌していた。
 
 しかし、そんなサッキでさえイタリア代表監督としては自らの戦術を浸透させられていない。
 
 サッキはACミラン時代のようなフットボールをイタリア代表でも再現しようと、逆風を受けながらも幾度となく代表合宿を張っている。しかし残念ながら、その効果は最小限だった。結局のところ、最後は伝統のカテナチオを引っ張り出し、ロベルト・バッジョという希代の名手ひとりの力に縋らざるを得なかった。
 
 代表チームはクラブチームとは構造が異なる。選出する選手は入れ替わり、足りないポジションに外国人選手を入れられるわけでもない。一番の違いは、日々の継続的な積み重ねができない点にあるだろう。少々合宿を張っても、トッププロでは焼け石に水。結束力を高められる効果はあるにせよ、"戦術が浸透して結果を残す"ことは、ほとんどあり得ない。
 
 完成度を高められる唯一の方法はある。
 
 それは同国リーグの有力クラブに在籍する選手を多く用い、そのクラブの戦術を軸にメンバーを組むことだ。それに合う選手を代表に選出し、何年か継続的に戦い続ける。現欧州王者のスペイン代表は欧州最強を誇ったバルサの主力をベースにしていたし、現世界王者であるドイツもバイエルン・ミュンヘンの在籍選手(もしくは元在籍選手)を主力にしている。
 
 翻って日本代表にこの形を適応するのは難しい。現状では、Jリーグ王者をベースに代表を編成するのは常識的ではないだろう。レスターの岡崎慎司、シャルケの内田篤人、ACミランの本田圭佑、フランクフルトの長谷部誠、ドルトムントの香川真司ら海外組は国内組にはない力を持っている。彼らが代表の中心となるのは、所属リーグでの経験や実力を考えても道理である。

次ページもし不利な状況だったとしても、そこでのマネジメントこそ指揮官には問われる。

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