批判を浴びていたヴィニシウスが無双状態に…目覚ましい成長を促したのはジダンの“苦肉の策” 【小宮良之の日本サッカー兵法書】

2021年09月20日 小宮良之

マドリーの先発アタッカーとしては明らかに力量不足だった

セルタ戦に続くバレンシア戦でも終盤に貴重な同点ゴールを決めたヴィニシウス。ここまで早くも5得点を挙げている。 (C)Getty Images

 選手の才能というのは、"生もの"である。いかようにでも、変化するものだ。

 例えば、才能を「試合で通用しない」と判断するのは簡単だろう。しかし、試合を重ねることでプレーが劇的に成熟する場合もある。「トレーニングで力をつけろ」と言うのは正論だが、人次第とも言える。理不尽な話だが、指揮官の裁量によって、大きく未来が変わる。それ故、選手は「運が必要」と行き当たるところがあり、その運はタイミングや持続性に置き換えてもいい。

 レアル・マドリーのブラジル代表アタッカー、ヴィニシウス・ジュニオールは目覚ましい台頭を見せている。今シーズン、9月12日のセルタ戦でも貴重な逆転弾を記録。カリム・ベンゼマからのスルーパスをカウンターで持ち出し、GKとの1対1で冷静に流し込んでいる。持ち前のドリブル突破だけでなく、コンビネーションも加えられるようになり、仕留めるところまで無双となりつつあるのだ。
 
 しかし3年目となった昨シーズン前半戦まで、ヴィニシウスに対する評価は辛らつだった。

「ドリブルのためのドリブル。何より得点能力が低すぎる」
 
 実際、無理やりなドリブルでコンビネーションが合わず、決定機を迎えても明後日の方向に飛ばす、という失敗が続いていた。マドリーの先発アタッカーとしては明らかに力量不足だった。その時点では――。

【動画】ヴィニシウスが最新試合で決めた劇的な同点ゴール
 ただ、昨シーズン、ジネディーヌ・ジダン監督は辛抱強くヴィニシウスを起用した。それには少なからず批判もあった。ジダンが熱望したエデン・アザールがケガ続きでフィットせず、苦肉の策にしか思えなかったからだ。

 しかしヴィニシウスは試合を重ねるごと、プレーに安定感が出てきた。できる、やれる、という自信を現場で身につけたのか。カウンタースタイルをけん引し、持ち味が出せるようになった。

 ジダンは単純にヴィニシウスのスピード、テクニック、ゴールに向かうパワーを高く評価していたという。フィニッシュ精度は、メンタル的なものだと判断した。その結果、ピッチに立つごとにヴィニシウスのプレー精度は上がってきたのだ。

 これも、一つの運と言えるか。

 もしジダンがヴィニシウスのポテンシャルを評価し、ピッチに送り出さなかったら、この成長は起こらなかった。あるいは、アザールが額面通りに働いていたら、左アタッカーの座は彼のもので、ヴィニシウスのプレー時間は大幅に削られていただろう。むしろ不振のチームの中にあってこそ、ブラジル人アタッカーは成長の機会をつかめたのだ。

 選手の変化、成長、進化は必ずしも法則化できない。その不透明さにこそ、サッカーというスポーツの面白さが あるのだ。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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