【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の二十「選手を覚醒させる“マッチョイズム”」

2015年05月28日 小宮良之

甘ったれた擁護は選手をさらに追い詰める。

高額な移籍金や年俸に見合っていないと、今季のプレーを非難されたベイル。ホームスタジアムであるサンチャゴ・ベルナベウのサポーターからは、何度もブーイングを浴びせられた。(C)Getty Images

 2014-15シーズン、レアル・マドリーのガレス・ベイルは低調なプレーが批判された。国内リーグは31試合出場・13得点。攻撃の一翼を担っており、酷評は気の毒とも言えるが、移籍金100億円以上、約37億円の年収があるスター選手だけに、世間の指弾は厳しい。チームがリーガ・エスパニョーラ、チャンピオンズ・リーグという主要タイトルをどちらも逃したことも影響しているだろう。
 
「チームメイトがベイルにパスをしない!」
 
 ベイルの代理人はそう不満を訴えたが、甘ったれた擁護は選手本人をさらに追い詰めることになった。チャンピオンズ・リーグ準決勝第2レグ、ユベントス戦のベイルはクリスチアーノ・ロナウドやカリム・ベンゼマよりも多くパスを受けていたが、チャンスを逃し続けた。リーグ戦終盤の彼は精神的に不安定で無理にシュートを狙う展開が多く、焦りと苛立ちでプレーが乱れるという最悪の連鎖を抱えてしまった。
 
<サンチャゴ・ベルナベウには魔物が棲む>
 
 不振の理由はそうも語られる。
 
 マドリーの本拠地であるベルナベウは、味方選手の不甲斐ないプレーには容赦がない。20年近くにわたってマドリーの守護神だったイケル・カシージャスでさえも、辛辣なブーイングを浴びせられる。庇護者が敵に回るようなストレス過多の環境は、前面の敵と戦いながら背後を狙われるようなもので、選手の心をひどく疲弊させる。大半の選手は、ホームスタジアムで孤立する精神的重圧の中では満足なプレーを続けられない。
 
「スタジアムのブーイング? 選手にとってはないほうが良いに決まってます。応援のほうが力が入るし、落ち着いてプレーできますから」
 
 ある日本人選手が打ち明けたように、「ブーイングが有り難い」とひざまずいて受けるのはマゾヒズムでしかないのだろう。
 
 しかし皮肉なことに、こうした重圧を撥ねのけ、批判を自らの力で声援に変えた選手こそがスターに躍り出る。それも厳然たる事実である。障害に打ち克ってこそ、近寄り難い雰囲気を持ったプレーヤーになれる。"民衆"の支持を得た時、ピッチの支配者は一気に流れを得られる。途方もない力に背中を押され、まるで担ぎ上げられるようにして、他を凌駕する選手となるのだ。

次ページスタジアムという危険な装置は、才能を生かしも殺しもする。

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