「今日はお前の足を折ってやる」マラドーナが脅されていた“悪辣な時代”に、メッシは生き延びられていたか?【小宮良之の日本サッカー兵法書】

2021年02月15日 小宮良之

加害者が「お嬢ちゃんの言い訳。男なら力で勝負しろ」と言い張る時代

(左から)シュスターとマラドーナはともにゴイコエチェアに足をへし折られている。(C) Getty Images

 サッカーを取り巻く環境は、時代の流れで変わっている。変らざるを得ない。是非もなし、である。

「今日はお前の足を折ってやるからな」

 スペインのサッカーの現場では、80年代までこんな脅し文句がまかり通った。実際、アスレティック・ビルバオのアンドニ・ゴイコエチェアは"宣言通り"、ディエゴ・マラドーナの足をへし折っている。

 昔は、エースに対して"足を折ってでも止める"ことが、むしろ美徳のように語られることすらあった。ゴイコエチェアは、ベルント・シュスターの足も同じように背後からからめとるようなタックルでへし折っていた。まさに、荒くれ者たちの戦場に近い。

 言うまでもないが、今の時代でこんな事件が起きたら、その選手は重い裁きを受けることになる。繰り返し、ビデオでリプレーされる。VARで1年間の出場停止のような処分が下されることもあり得るだろう。

 しかし当時は、被害者が声を上げても弱かった。加害者が「お嬢ちゃんの言い訳。男なら力で勝負しろ」と言い張る。そんな時代だった。

 暴力と男らしさが、濃厚に交わっていた。二つは、全く違うものなのだが、境界線があいまいだった。男らしく戦うと、その亜流は暴力につながっていたのだ。
 
 足を踏み、髪を引っ張るなど日常茶飯事だった。審判の見えない角度で、エルボーを顔面にいれる。あるいは、股間を握って動かなくして、マークを外す。今では冗談のような行為が"公然と"繰り返されていた。

「ピッチは戦場で、平時とは違う」

 その暗黙の了解があった。そこで起きたことを、あとで愚痴ることは、男らしくないとされた。

 現代では、こうした記事では書けないような差別表現も使って、相手を挑発することもあった。言葉の暴力である。例えば黒人選手に対する差別は、90年代に入っても続いていたし、ニガーという表現が差別であることを多くは認識もしていなかった。ニガーに、さらに差別表現をつけることによって、相手を罵り、動揺させた。
 

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