「負けたら終わりーー」まるで死と隣り合わせの武士のようなフットボーラーの“生き様”【小宮良之の日本サッカー兵法書】

2021年02月01日 小宮良之

「死」に鈍感な選手は修羅場を生き残れない

久保建英の後方でヘタフェの中盤を支えるのが、ウルグアイ代表のアランバリだ。(C) Getty Images

 明日をも知れぬ身だった戦国武将と、現代を生きるプロサッカー選手というのは、まるで接点がないようでどこか似ている。

 勝利によって、金も名声も同時に手に入れられる。しかし負ければ、真っ逆さまに追い込まれる。どちらに傾くかわからない、天秤の上にいるようなものだ。

 それは、死と隣り合わせに近い。

 戦国武将たちは、畳の上で安らかに死ぬことなど稀だった。戦場で果てるだけでなく、切腹、斬首に追い込まれることもしばしば。いつも死を覚悟していた。

 サッカー選手は、実際に命を落とすわけではない。しかし、プロという契約を失えば、道を断たれる。サッカー選手としての「死」というのか。彼らはすべてをかけて戦っても、半分以上はプロとして5年を越えられない。ケガ、監督との不和、不当な評価などで、その「死」を迎えることになる。

 例えば、日々のトレーニングの集中力がモノを言う。それが勝負の場で出る。鍛錬は顔つきに現われるという。

「顔つきもスカウティングの一つの要素になる」

 これは、スペインで長年、強化部を務めてきた人間の話である。サッカーに対して真剣に挑んでいる選手は、相応の顔になるという。嘘のような話だが、それは美醜の問題ではない。自分と向き合い、鍛錬し、自信をつけることで、味わい深い顔になるのだ。

 例えば、ヘタフェのウルグアイ代表MF、マウロ・アランバリは決して派手さはないが、実直な攻守を見せる。中盤で相手の攻撃に立ちはだかり、勝負どころではゴール前に迫る。常に身体を張って、格闘することを厭わず、チームのために働くことで、自らの人生も切り開いてきたのだろう。そのいでたちは、プレーと同じく何とも無骨だ。

【動画】久保建英のヘタフェ先発デビュー戦でアランバリが決めた決勝点

「負けたら終わり」

 その覇気が、「生き様」につながる。サッカー選手としての誇り高さだ。
 
 サッカーは、不条理がまかり通るスポーツである。言うまでもないが、負けることもあるだろう。しかし諦めずに踏ん張れるものだけが、次の戦いに挑める。たとえ負けたとしても、すべてを振り絞った姿は輝かしい。本人たちが望んだものではなかったものかもしれないが、栄誉が与えられるのだ。

 しかしいつしか、戦いを終える。「生き様」が「死に様」につながる。それは、選手にとっては引退と言えるか。

 選手人生は限りがある。「死」に鈍感な選手は怠惰で、修羅場を生き残れず、人知れず散るだろう。もっとも、生き残った者もやがてはスパイクを脱ぐ。騅逝かず。どうしようもなくなって、終わりの時が訪れる。それまで命を燃やす。故に彼らは美しい。一瞬の煌めきがあるのだ。

 死に様は、生き様に通じる。それは人間の物語である。

 2020年でプロサッカー選手としての幕を閉じた者たちの戦いに、"哀悼"の意を捧げる。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。
 

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