世界中の視線を浴びながら平然とプレー。19歳ハーランドが“再開後”に改めて示した「天賦の才」【元マドリー指揮官のコラム】

2020年06月08日 エル・パイス紙

一挙手一投足を注視する人間の数は確実に増えている

世界中が注目したシャルケとの再開マッチで開始早々にゴールを決めてみせたハーランド。(C) Getty Images

 ブンデスリーガがヨーロッパの先陣を切って再開したことでわれわれが受けている恩恵の一つが、売り出し中のアーリング・ハーランド(ドルトムント)のプレーを詳細に分析できることだ。194センチ・87キロの恵まれた身体には、強靭なフィジカルはもちろんのこと精巧なテクニックが秘められている。

 ファンの視線を浴びない中での無観客試合は、選手への重圧が軽減されると考えられがちだ。しかしハーランドの場合は、画面越しにその一挙手一投足を注視する人間の数は確実に増えており、いつも以上に重圧を感じていてもまったく不思議ではない状況にある。

 この中断期間の間、世界中の多くのファンは、フットボールへの飢えを感じていた。現在ヨーロッパの5大リーグの中で唯一開催されているブンデスリーガへの関心は当然ながら高まっており、とりわけ大きな注目の的となっているのが、ハーランドがどんなプレーを見せるのかという点だ。
 
 そしてハーランドの出した回答は、文句のつけることができないものだった。そうした周囲の状況の変化にもまるで動じることなく、虎視眈々と機会を伺いながら快足を飛ばし、研ぎ澄まされた嗅覚でゴールという引き金を引いた。そう、つまり今シーズンの"いつもの"パフォーマンスを再開後も見せ続けているのだ。

 いや、"いつも"と表現したが、ハーランドはまだ19歳の若者に過ぎない。そうした活躍をこの年齢で当たり前のように披露できるのは、それだけ彼が天賦の才に恵まれている証である。

 ハーランドはすでにどんなシチュエーションでも、そしてどんな色のユニホームを着ても、その早熟の才能を発揮する準備ができていることをわれわれの目の前で示している。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳:下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79~84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。
 
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