「2人のサムライ」が医療従事者を支援。酒井宏樹と仏在住シェフの知られざる絆/前編【現地発】

2020年06月06日 結城麻里

「もう、ものすごく落ち込んだんですよ」

酒井宏樹(右)との秘話を明かした上村シェフ(左)。写真提供:上村一平さん

 マルセイユで和食レストランを経営する日本人シェフと、オランピック・ド・マルセイユの日本代表DF酒井宏樹が、力を合わせて新型コロナウイルスと最前線で戦う医療関係者を支援していたことがわかり、ちょっとした話題になっている。

 シェフの名は上村一平(うえむら いっぺい)さん。目の前に真っ青な地中海が広がり、隣にはマルセイユの名所「ヴァロン・デ・ゾッフ」まで見える絶景の地で、「レストランTabi」を営んでいる。

 美食の国フランスの飲食店にはランクがあるが、上村さんのお店は「レストラン・ガストロノミック(美食レストラン)」という最高カテゴリーに属し、格付けで世界的に有名な「ミシュラン」が検食にくるほどハイクオリティーを誇るレストランだ。

 だがそんなレストランにも、新型コロナウィルスCovid-19が容赦なく襲いかかった。

 コロナ死亡者数が急増していた3月中旬、フランス政府が全てのカフェ・レストランの営業停止を発表したからだ。患者を救うために働く医療関係者や、最低限の生活を保つ職種を除いて、全国民が「コンフィンヌモン(閉じこもり)」に突入することになったのである。理由は明快で、「まずは命優先」。そしてフットボールの2019-20シーズンも中止になった。

 衝撃だった。「突然の発表から2日間は、もう、ものすごく落ち込んだんですよ。ローンもありますしね。もう駄目だ。どうしようって…」と上村さんは振り返る。

 だが、人命を救うために24時間態勢で働いている最前線の医療関係者たちが、満足な食事もとれず、頼みの綱だった病院食堂さえ閉まったという事実を知り、ハッとした。「僕も何かしなくちゃ!」と。

 上村さんは、レストラン経営者でつくるアソシエーション「グルメディテラネ」(グルメとメディテラネ=地中海をかけた命名)の幹部を務めている。「90人も会員がいるんですよ。力を合わせれば何かできるはずだ!」 と思って必死に考えた結果、決断した。

「閉店中でも料理はできる。自分にできるのは料理しかない。医療現場に食事を届けよう!」

 こうして上村さんが発起人になり、毎日400~900食を無償で病院や医療施設に届ける運動が始まった。最前線の「戦場」では、悠長に食事をする時間も場所もない。そこで、立ったまま食べられるように工夫もし、それでいて前菜&メイン&デザートを揃え、栄養バランスに考慮した。疲れきった医療現場の人々にも、食事の瞬間だけは笑顔が戻るようになった。

次ページ酒井は上村さんに「僕も何かしたい」と訴えた

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