「眠るのを拒絶した…」フランス紙の熟練記者がコロナ重症化から奇跡の生還! 世間に送った“警告”とは?【現地発】

2020年05月03日 結城麻里

入院時は「呼吸困難もなかった」

リーグが中断するまではCLの取材にも姿を見せていたヴァンサン・デュリック氏。 (C)Getty Images

 フランス・フットボール界で最も有名な記者のひとりで『ワールドサッカーダイジェスト』誌でもお馴染みのヴァンサン・デュリュック氏(『L’EQUIPE』紙)が、新型コロナウィルスとの激闘に勝利して生還した。その告白が、感動と衝撃を呼んでいる。

 デュリュック氏は、フランスが「総とじこもり」に突入した翌日にあたる3月18日、急に発熱に見舞われた。熱は1週間を経ても下がらなかったため、担当医が救急医療部門に行くように指示。もはや新型コロナウィルスに感染したことは明らかだった。だが本人は、テスト後に「間違いなくCovid-19です。それを受け止めたうえで、自宅に戻って療養してください」と言われるものと思っていたという。

 だが違った。日用品も持参していないまま、デュリック氏はランブイエ病院に入院となったのだ。3月26日のことだった。

 そのときは「呼吸困難などはなかった」そうだ。ところが聴診の結果、すでに肺が冒されていることが判明。以降は検査のたびに事態は悪化の一途を辿った。そしてついに、「人工呼吸器をつけ、翌日から僕は呼吸困難に陥り始めた」

 そこから生死をかけた苦闘が始まった。「蘇生処置室に入って、やっと出たかと思うと再び入った。合計すると約20日間も蘇生処置室にいた」という。「経験した人なら、これがどれほど恐怖感を伴うかわかると思う」

「ときに90%の酸素を外からもらう必要があった」という。つまり自力では10%しか吸入できなくなっていたのだ。だが医師団は、気管挿管によって最悪の結果を招くことを恐れた。気管挿管とは、気管にチューブを挿入して肺に直接酸素を送り込む処置だが、状況によって種々の危険を伴い、ミリ単位でも入れ間違えれば命にかかわる。そのため医師団は「気管挿管を避けるため、3日3晩腹ばいになっている覚悟はあるかと聞いてきた」

 「(入院して)3週間ずっと、ほとんど眠らなかった。眠りたくなかった。眠るのを拒絶したんだ」と打ち明ける。眠りに落ちれば、そのまま生還できないかもしれないという恐怖だ。そこで彼は意識を保ったまま激闘する道を選択したのだ。壮絶な闘いである。

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