【番記者コラム】ジェフを変えたオシムのサッカー哲学。改革は就任前から始まっていた

2020年04月26日 赤沼圭子

佐藤勇人が振り返る“2メートルくらいの大きな人”

独自のサッカー哲学で千葉を指導したオシム監督。多くの注目を浴びた。(C)SOCCER DIGEST

 昨季限りで現役を引退した佐藤勇人は、2019年10月17日の現役引退発表会見の質疑応答で、彼に、そして千葉というクラブに大きな変化をもたらした人物のことを「2メートルくらいの大きな人(笑)」と形容した。

 その大きな人とは、2003年に就任し、2006年6月中旬まで指揮を執ったイビチャ・オシム元監督のことだ。オシム監督についてはさまざまな記事が数多くあるが、この指揮官の就任以降はほとんどのことが千葉の選手やコーチングスタッフ、クラブスタッフ、そして番記者にとっても初体験で驚くものばかりだった。

 指導しながら選手個々のコンディションやトレーニングの内容の理解度をチェックし、選手に常に緊張感を持たせる意味合いもあって、その日のトレーニングが終わらなければ翌日のトレーニングスケジュールが決まらない。さらにオフの日がほとんどなく、オシム監督に任命されたキャプテンの阿部勇樹が選手代表でオフの日を求めて直訴すれば、「休むのは引退してからで十分だ」と返された。

 
 トレーニングの内容も多色のビブスを使用したルールが難しいものがある一方で、例えば全面サイズのピッチでの3対3などのゲーム形式のトレーニングでは「なぜ、助けに入ってやらないんだ」とピッチ外の選手に叫び、相手チームに勝つために選手が自己判断で、監督が決めたルールを破ることも求めるなど多彩だった。

 ボールを使ったトレーニングでも走力とスタミナが求められたが、実は走力といっても距離の長さやスピードが重要なのではなく、適切な位置に効率よく動くことが肝要だった。味方を活かすために必要不可欠な『無駄走り』ともいえる献身的な動きも『水を運ぶ』という言葉を使って重視され、なによりも常に頭を使うことを求められた。

「試合のほうが楽だ」と選手が異口同音に語ったトレーニングによって、賢く考えてスペースを作り、前の選手を追い越してスペースに飛び出して行くという『考えて走るサッカー』が千葉のスタイルとなった。

 ある試合でGKからシュートを打つ選手まで全員が動きながらダイレクトパスをつないだ攻撃があったが、ピッチ上の選手がイメージを共有し、それを体現できる状況判断力とプレーの選択、そして走力が身についていたからこそのシーンだった。

 選手が楽しそうに試合をする姿が多く見られた2003年、千葉はJリーグ開幕以降、初めてシーズンを通して優勝争いに加わり、2001年以来となるクラブ史上最高位の年間3位となった。そして2005年にはヤマザキナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を制し、Jリーグで初のタイトルを獲得した。

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