「どっちが試合に出てもおかしくなかった」びわこ成蹊スポーツ大のGK2人がJ内定に至ったライバル秘話

2020年01月08日 森田将義

一時は憧れのトレーナー転向も考えた

鳥取に内定した糸原(左)と富山に内定の田中(右)。ともにJ3所属で直接対決に期待を寄せる。写真:森田将義

 びわこ成蹊スポーツ大学は7日、今シーズンからJリーグへと進む5選手の合同記者会見を実施。MF忽那喬司(愛媛FC)、FW井上直輝(ブラウブリッツ秋田)、FW青山景昌(福島ユナイテッドFC)、GK田中勘太(カターレ富山)、GK糸原紘史郎(ガイナーレ鳥取)がプロ生活に向けて、抱負を語った。

 各選手が自らの長所について口にする中、印象に残ったのは糸原の存在だ。同学年には、入学してすぐ出身チームであるベガルタ仙台の特別指定選手になり、2年次と3年次には関西学生選抜に選ばれた世代屈指の守護神・田中がいたため、4年間を通じて満足に出場機会を得られなかった。不遇の時代を過ごしたのは大学時代だけではない。広島ユース時代も2歳下にGK大迫敬介が在籍。同学年にも実力派のGKがいたため、Bチームでフィールドプレイヤーとして試合に出場した時期もあった苦労人だ。

 1年目からAチームに帯同した田中に対し、糸原はBチームでのプレーが続いた。3年生に上がるタイミングで選手としてのキャリアを諦めて、高校時代から憧れていたトレーナーを目指そうと考えたが、転身を決めてからAチームへの昇格が決まったため、「後悔したくない」と現役続行を決意。プレーの合間にトレーナーとしての活動も行う兼任選手としての活動を続けた。

 ポジションが一つしかないため、試合に出られないだけで、実力は望月聡監督も認めている。ピッチ内外で腐らずにアピールを続けた甲斐もあり、3年の時の後期リーグでは田中の怪我によって3試合に出場。いずれも黒星で終わり、田中の復帰と共に再びポジションを失ったが、「自分の実力が改めて分かった。立場を受け入れた上で超えていかなければいけない壁なんだと認識できた」と語る。

 そこからは、練習中に田中がどんなことを考えてプレーしているのか、試合中にどんなコーチングをしているのか事細かにチェック。同時にお互いのプレーに関するアドバイスを送り合った。

「びわこに入って、めちゃくちゃ良かった。こう言ったらおかしいかもしれないけど、試合に出られなかった時も勘太がいたから色々と考えて成長できた。他の大学で試合に出ていても、これだけ伸びていたかは分からない。そう考えると勘太がいて本当に良かった」と糸原は口にする。

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