「いまがいちばん速いんです」躍動する“スピードスター”宮市亮は、いかにして大怪我から復活を遂げたのか?【現地発】

2019年11月17日 了戒美子

長期離脱の宮市にクラブが示した信頼

今季はリーグ戦全13試合に出場している宮市。1ゴール・3アシストをマークしている。(C)Getty Images

 日本で一度もJリーグでプレーせず、高校や大学から直接海外でプロ契約を果たした選手たちには、「日本国内での知名度がない」という共通の悩みがあるのだそうだ。

 日本でプロにならなかったということは、当然、各クラブのサポーターに応援された経験がないため、固定のファンというものがいない、大げさに言えば「帰るべき場所」というものがないのかもしれない。

 だが、宮市亮は例外だ。中京大中京高校から進んだ先が、日本でもよく知られている名門中の名門アーセナルだったからなのか、19歳と若くして日本代表に招集されていたのが印象的だったのか、Jリーグを経ていないとは思えない人気、そして期待がいまでもある。

 1992年生まれで12月で27歳になる宮市は今シーズン、ここまですべての公式戦に出場。昨季も25試合出場で5得点を挙げるなど、すっかりザンクトパウリの中心選手だ。
 
 だが、20代前半は度重なる負傷に苦しめられてきた。まともに継続的にプレーできたのは10‐11年シーズンの後半、アーセナルからレンタルという形でフェイエノールトに在籍していた頃くらい。イングランドに戻った11-12シーズンからは、シーズンを通して活躍できたことがなかった。

 最近で言えば15年夏にドイツ2部のザンクトパウリに3年契約で加入してからも、左右の前十字靭帯断裂という大怪我を負った。だが、クラブとの信頼関係は築かれており、リハビリ中の17年に契約を19年夏まで更新。昨シーズン終盤の今年3月にも、21年までの契約延長が行なわれた。

 宮市は前十字靭帯からの復活に至るリハビリの間に、走り方を見直したそうだ。10代の頃から最大の武器は「スピード」。ボールを持ってテクニックを披露するというよりも、素走りの速さが特長だった。

 スペースに「あとはお願い」と言わんばかりのボールを出しても、難なく追いついてくれる。問題はそのあとの技術にあったが、それでも宮市の驚異的なスピードは見ている者の胸をすっとさせてくれるものがあった。だが、その専売特許である「走り」にメスを入れたのだそうだ。

 馬力に合わせてスピードを上げてしまい、膝に負担がきたのが前十字靭帯の断裂に繋がった。そこで、走り方そのものを見直すために、岡崎慎司や吉田麻也への指導で知られる杉本龍勇氏に指導を仰ぎ、一から改善したのだそうだ。結果的に、「今までの自分と比べて、いまがいちばん速い」と本人が語るように、その快足に磨きがかかったそうだ。

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