「ヴェンゲル・サッカー」の美学 淀みないパスワークの源泉とは

2014年09月25日 田嶋コウスケ

「急造」にもかかわらず4人の連係はしっかり取れていた。

チャンピオンズ・リーグのドルトムント戦でもスタメンでピッチに立ったベジェリン。ヴェンゲルの薫陶を受け、アーセナル・スタイルを身に付けている。 (C) Getty Images

 イングランドのリーグカップ3回戦。フルメンバーのサウサンプトンに対し、主力と若手の混合チームで戦ったアーセナルは力及ばず、1-2で敗れた。とはいえ、メンバーを大幅に入れ替えてもプレースタイルは変わらない「ヴェンゲル・サッカー」の美学が見えた試合だった。
 
 象徴的だったのが、平均年齢20歳の若い最終ラインである。サウサンプトン戦の4バックは、右からエクトル・ベジェリン(19歳)、カラム・チェンバース(19歳)、アイザック・ヘイデン(19歳)、フランシス・コクラン(23歳)。公式戦で初めて顔を合わせた「急造」にもかかわらず、4人の連係は最後までしっかり取れていた。
 
 驚いたのは、20歳前後の若い彼らが「パス&ムーブ」のアーセナルのプレースタイルをほぼ完璧に体現していたことである。自分の置きたい場所にピタリとボールをプレースメントして、淀みなくパスをつないでいく。それに合わせて周りの選手が動いてパスコースを作り、ポゼッションを円滑にする。シンプルだが無駄のない動きの連続で、最後尾からパスが気持ちよくつながっていた。事実、試合には敗れたものの、ボールテクニックとポゼッションはベストメンバーのサウサンプトンを凌駕していた。
 
 アーセン・ヴェンゲル監督の目指すサッカーは、この夏、トゥベンテにレンタル移籍した宮市亮の言葉からも見えてくる。アーセナルに加入して間もない頃、彼は次のように話している。
「狭いスペースでの練習が多いので、ファーストタッチは意識せざるをえない。ヴェンゲル監督もファーストタッチが大事だと話している。自分も取り組んでいるところです」
 
 敵に寄せられてもブレないファーストタッチ、ボールを受ける際の身体の向き、パスワークの進め方──。日々のトレーニングでそれらを徹底的に身体に覚えさせることで、極端な言い方をすれば、誰がピッチに立っても同じ「アーセナル・スタイル」で戦える。ゆえに、新加入のチェンバース、ユースから呼ばれたベジェリンやヘイデンがピッチに立っても、呼吸を合わせられるのだ。
 
 それができるのは、選手の素質を見抜き、個性をアーセナル・スタイルで存分に発揮させるヴェンゲルの慧眼と指導力があるからこそでもある。
 
 例えば、右SBのベジェリンは、もともとはウイングの有望株だった。3年前にバルセロナのカンテラ(下部組織)から引き抜くと、ヴェンゲルはベジェリンをSBとして育てた。40メートル走でセオ・ウォルコットのクラブ記録を上回ったその走力を見込んでのコンバートだった。このサウサンプトン戦でも、快足を飛ばした鋭い攻撃参加を何度か見せた。
 
 対戦相手のサウサンプトンから今夏に獲得したチェンバースは、そのサウサンプトンのユースでは守備的MFとしてキャリアをスタート。その後、右SB、CBと芸の幅を広げ、「まだ荒削りな面はあるが、近未来のアーセナルとイングランド代表を背負って立つCBの逸材」と英紙『メトロ』が絶賛するまでの存在になった。足下のテクニックに優れたチェンバースを、ヴェンゲルはひとつのポジションに限定せず、CB、右SB、守備的MFと幅広く使いながら育てていく方針だ。
 
 もちろん完成度や力強さでは、ベジェリンもチェンバースもレギュラー陣には及ばない。とはいえ、若いうちにアーセナル・スタイルを身につけることで、いつファーストチームに呼ばれてもプレーできる準備が整っているのだ。
 
 バルセロナやバイエルンでアシスタントコーチを歴任し、今シーズンからアーセナルのアカデミー長に就任したオランダ人のアンドリース・ヨンカーは、次のように語る。
「若手選手が成長する過程において、クラブのプレースタイルを体得し、その中で自分の持ち味を正しく把握することが非常に重要だ。もちろん、クラブ側にとってもメリットが大きい。全ての年代で、ファーストチームと同じシステムでプレーできる選手を育てていけば、チーム全体の力になるからだ」
 
 ガンナーズ(アーセナルの愛称)の俊英は、ヴェンゲルの薫陶を受けながらさらなる飛躍の時を待っている。
 
取材・文:田嶋康輔
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