【小宮良之の日本サッカー兵法書】「見られている」意識を持つのがプロになってからでは遅すぎる

2018年08月08日 小宮良之

プロ選手は尊敬されるべき立場にあるがゆえ…

“神童”エムバペは今夏、フランスの世界一に貢献し、あの“神様”ペレが持つ記録にも並んだ。そして大会後は、優勝賞金全額を慈善団体に寄付。19歳にして何事にも動じず、また浮かれることもない。 (C) Getty Images

 駅のプラットホームで、列車の到着を待っていた時だった。
 
 脇に並んでいた数人の少年たちが、そわそわしているのは分かった。中学校1、2年生だっただろうか。
 
 電車が到着し、扉が開いて降車が完了した途端、彼らは前に並んでいた年配の女性を追い越し、素早く車内に駆け込んだ。そして、空席をめざとく見つけ、我先に座っている。俊敏だったので、誰にも接触はしていない。
 
 しかし瞬間、呆気にとられた。彼らが揃って、Jリーグのあるクラブのジャージを着ていたからだ。プロを目指す選手たちが、我先に座ろうとする。チームのエンブレムを背負っているにもかかわらず……。信じられない光景だった。
 
 そこで抱いた違和感を、トップチームの選手にぶつけてみた。
 
「悲しいです。ありえない。そういう選手はプロにはなれないと思います」
 
 彼はそう断じている。
 
 好意的に推測すれば、その少年たちは疲れていたのかもしれない。しかし方向を考えれば、彼らはこれから練習に向かうところだった。少しでも体力をセーブしたかったのか? ただ、そんな子どもたちが、プロとしての輝きを放てるはずがない。
 
 プロ選手とは、熱源のような存在である。スタジアムで数万人の注目を浴びながら、プレーし、人を幸せにする。それは簡単なことではない。身体能力に恵まれたら、プロになることはできるだろう。
 
 しかし、活躍し続けるには、人間として熟する必要がある。自分のプレーを見てもらえることに感謝し、その恩を返すように活躍を示し、その熱狂を受け止め、さらに成長するのだ。
 
 プロ選手は尊敬されるべき立場であり、「疲れたから休む」(言わんや、疲れていないのに休む)という少年に辿り着ける境地ではない。
 
 筆者は、今年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)という小説を上梓した。そこで登場する少年たちは、小学6年生にしては、少しばかり老成している言動が見られる。あるいは、「子どもがこんなこと言うかな?」と訝しむ場面も幾つかあるかも知れない。
 
 しかし、プロとして活躍するような少年は、わずか12歳でも、自分と向き合っているものだ。

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