【W杯 今日は何の日?】7月7日「望みを絶たれた者同士の美しき一戦」

2014年07月07日 サッカーダイジェストWeb編集部

“開催国”の責任と“母国”の誇りが最高の試合を作り上げた。

壇上に並んだ両チーム。ともにウェーブのパフォーマンスを披露した後、仲良くフィールドを一周した。イタリアは意地の3位入賞、4位のイングランドはフェアプレー賞を獲得した。 (C) SOCCER DIGEST

 ワールドカップでは、「果たして3位決定戦は必要か」という議論がたびたびなされる。優勝を狙うチームにとって、その望みを絶たれた後に戦う試合に何の意味があるのか、ということだ。それゆえこの一戦では、それまで試合に出られなかった選手を起用するチームが非常に多い。いわば「経験を積ませる」ためであり、また「思い出作り」のためでもある。
 
 1990年7月7日、南イタリアのバーリにあるスタディオ・サン・ニコラに姿を見せたイタリアとイングランドの両チームも、精神的には抜け殻のはずだった。ともにイタリア大会の準決勝でPK戦の末に夢破れ、この日の3位決定戦に臨んでいたからだ。
 
 開催国として優勝だけを期待をされながら、ディエゴ・マラドーナ率いるアルゼンチンに行く手を阻まれたイタリア。試合ごとに評価を高め、準決勝では西ドイツを追い詰めたものの、快進撃を止められたイングランド。置かれた立場は違えども、優勝経験者の強豪国にとって、3位の座を争う戦いに、モチベーションを見出すのは難しいはずだった。
 
 しかし、ピッチには両チームのほぼベストメンバーが立った。さすがに、準決勝のPK戦で失敗した選手(イタリアはロベルト・ドナドーニとアルド・セレーナ、イングランドはスチュアート・ピアースとクリス・ワドル)はその精神状態が考慮され、ベンチスタートとなったが、それ以外は準決勝までの見慣れた面々である。
 
 少しでも上位で終わりたいという思いはあっただろう。しかし、それ以上に誇りと責任が両チームの思いのなかにあった。イタリアには開催国としてラストを綺麗に締める責任、また大会前にフーリガンばかりが脚光を浴びたイングランドには、少しでもそのプレーで名誉を回復したいというサッカーの母国としての誇りである。ちなみにイタリアには、今大会で大ブレイクを果たしたサルバトーレ・スキラッチに得点王を獲らせたいという願望もあったはずだ。
 
 両チームとも、勝利を求める一方で、準決勝までのような殺気はない。ゆえに試合は、相手の良さを消し合うような展開にはならず、フェアかつ、エンターテインメント性に富んだ好試合となった。イングランドはピアースの代わりに出場した左SBのトニー・ドリゴが素晴らしい突破を見せ、チャンスを作り出す。イタリアはスタメン出場したロベルト・バッジョが、巧みな技でイングランドのゴールに迫った。
 
 誰もが十分に持ち味を発揮していた試合は71分、GKピーター・シルトンからボールをかっさらったバッジョがややオフサイド気味ながらも先制ゴールを決め、イタリアが均衡を破る。しかしその10分後、積極的に攻撃参加したドリゴの努力が実り、中央で待ち構えたデイビッド・プラットが、鮮やかなヘッドでイタリアゴールに突き刺した。
 
 試合は残り4分となった。ここでバッジョから前線のスキラッチへ優しいパスが通り、前に抜け出そうとしたところで相手DFに倒された。判定はPK。これが何を意味しているかを十分に承知している大観衆は、この日一番の盛り上がりを見せた。スキラッチはPKを確実に決める。これでシチリア生まれのこの青年が、チームの勝利とともに、自身の大会得点王を決したのである。
 
 試合終了直前、イタリアのニコラ・ベルティによるヘッド弾が取り消される誤審があったが、試合後の雰囲気は良く、表彰式では両チームが壇上に並び、友好のウェーブを何度も起こしていた。試合で楽しませ、その後も観衆に笑顔を提供した両チーム。こんな楽しい時を過ごせるなら、3位決定戦も十分に存在価値があると思わせる一戦だった。

 
◆7月7日に行なわれた過去のW杯の試合
 
1974年西ドイツ大会
「決勝」
西ドイツ 2-1 オランダ
 
1990年イタリア大会
「3位決定戦」
イタリア 2-1 イングランド
 
1998年フランス大会
「準決勝」
ブラジル 1(4PK2)1 オランダ
みんなにシェアする
Twitterで更新情報配信中

関連記事