現実味を帯びてきた柿谷曜一朗「禁断の移籍」の舞台裏。サッカー観の相違に、恩師への想いも!?

2018年06月11日 サッカーダイジェストWeb編集部

悩みながらも心機一転、今季はC大阪で戦うことを決意した柿谷だったが…

G大阪への移籍が取り沙汰される柿谷。果たして、青黒のユニホームを着る時がやって来るのか。写真:川本学

「禁断」「事件」……。ガンバ大阪がセレッソ大阪のFW柿谷曜一朗に正式オファーを提示したニュースは大々的に報じられた。過去にG大阪からC大阪に移籍する選手はいたが、C大阪からG大阪に完全移籍した日本人選手はひとりもいない。加えて、C大阪のエースナンバー「8」を背負う象徴的な選手のライバルクラブへの移籍話だからこそ、冒頭のような刺激的な言葉を添えて報道された。

 元をたどれば、今年1月にもG大阪への移籍話が浮上していた。C大阪が柿谷との契約更新を発表したのは、始動する1日前というギリギリのタイミング。当時、自身のインスタグラムにこう綴っている。

「2018シーズンもセレッソで戦います。今年に入ってから本当にたくさん悩みました。ただ、柿谷曜一朗を応援してくれている方々の沢山の温かい言葉、想いを受け止めて決めることができました」

 昨季はクラブ史上初のタイトルを含む2冠を獲得したとはいえ、長く主戦場としてきたFWではなく、左MFを任される期間が長かった。かつ勝利に対してリアリティを追求するユン・ジョンファン監督の下で特異な創造性などを発揮する場面は限られ、途中交代が多かったリーグ戦は6ゴールに止まった。
 
 悩みながらも、心機一転、再びC大阪で戦うことを決意した。キャンプから「楽しみたい」という言葉を繰り返した柿谷。より魅力的なサッカーを追い求めていくことを目標に掲げ「"勝てばいい"っていうもんじゃない。プレーしている選手が"楽しい"と思ってやるからこそ、見ている人も楽しいと思う。攻撃に突出したサッカーをできるのも自分たちの魅力」と話していた。ユン・ジョンファン監督も、ポゼッションを含めた攻撃面の進化を目指していただけに、背番号8の能力がよりピッチで表現されることが期待された。

 だが、リーグ開幕前に攻撃陣の中核を担うMF清武弘嗣を怪我により欠くと、指揮官は徐々に昨季と同じように現実的な戦い方を選択するようになっていく。ワールドカップ中断前の最後のリーグ戦となった5月20日のアウェー・サンフレッチェ広島戦。チームトップタイの4得点を挙げている柿谷の名前はスタメンになかった。指揮官は2トップに杉本健勇とヤン・ドンヒョンの長身FWを起用し、ロングボールも使いながら打開しようと試みた。結果的に数少ないチャンスを生かしたC大阪が、首位の広島に2-0で勝利。ベンチにいた柿谷には最後まで声が掛からなかった。

次ページ天皇杯テゲバジャーロ戦で交代を告げられた柿谷はいつも以上に深々と頭を下げた

みんなにシェアする
Twitterで更新情報配信中

関連記事