【日本代表W杯の軌跡】自信となった“日本の時間帯”|2010年南アフリカ大会・オランダ戦

2014年06月11日 週刊サッカーダイジェスト編集部

日本の守備が機能してオランダにガス欠を起こさせた。

カメルーン戦に続き、日本の徹底した守備意識が相手を苦しめた。それだけにオランダから勝点を奪えなかった悔しさは強く残った。 (C) SOCCER DIGEST

 日本の出陣を前に、これまでワールドカップで残した足跡、つまり日本が戦った14試合を、週刊サッカーダイジェストの当時のレポートで振り返っていく本連載。今回紹介するのは、戦前はおおいに不安視されながらも、本番では一転してサムライたちがアフリカの大地で頼もしい姿を披露した2006年大会だ。
 
 当時の興奮を思い出しながら、間もなく地球の裏側で始まる新たな戦いに思いを馳せていただきたい。
 
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 オランダがこれほどまでに喜びを爆発させるとは、正直思わなかった。控え選手も入り混じり、健闘を称え合う。今大会限りでの引退を表明しているジョバンニ・ファン・ブロンクホルストは、ベルト・ファン・マルバイク監督を見つけると、ホッとした表情で近づき、抱き合った。
 
 その光景は、それほどまでにオランダが追いつめられていたことの証明でもあった。彼らは格下と思われていた相手に足下をすくわれたスペインやドイツ、イングランドと同じ道を辿ること恐れていたのだ。そうさせたのは、最後までタフに戦い抜いた日本だった。
 
「今日の内容なら正直、引き分けたかった。特に前半は守備が機能していて危ない場面がほとんどなかった。試合の入り方がすごく良かった」
 
 そう振り返った長谷部誠に遠藤保仁、阿部勇樹の3人がヴェスレイ・スナイデル、マルク・ファン・ボンメル、ナイジェル・デヨングをしっかりマークすると、中澤佑二と田中マルクス闘莉王も狙いどころをはっきりとさせた守備で、オランダの攻撃を弾き返した。実際、日本は前半、70パーセント以上もボールを支配されながら、一度も決定機を許さなかった。
 
 昨年9月に対戦したときとは逆に、先にガス欠を起こしたのはオランダのほうだった。日本のマークを外そうと動き回ったことで、前半の終了間際には早くも動きが鈍る。駒野友一の右サイドの突破から、松井大輔のフィニッシュへとつなげた一連の攻撃は、この時間帯に生まれたものだった。

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