英国人記者は川崎のバンディエラ、中村憲剛をどう見た?「あの偉大なるジェラードのように…」

2017年11月30日 スティーブ・マッケンジー

悲運のキャプテンとなってしまう可能性も…。

浦和戦後にサポーターとともに快哉を叫んだ中村。マッケンジー記者の眼には、その振る舞いがイングランド・サッカー界のレジェンドと重なったようだ。(C) SOCCER DIGEST

 中村憲剛の存在を気に掛けていた私は、11月29日に行なわれたJ1リーグ33節の浦和レッズ対川崎フロンターレの一戦へと赴いた。
 
 引き分け以下で優勝の可能性が失われるという川崎。しかもその相手が数日前にアジア制覇を成し遂げた浦和というだけあって、緊張感は否が応にも高まっていた。私はそうした雰囲気で中村がいかに振る舞うのか。その一挙手一投足に目を向けた。
 
 ひと言で言ってしまえば、彼はさながら、リバプール一筋でチームを牽引した偉大なるキャプテンのスティーブン・ジェラードのようであった。ウォームアップや集合写真に収まる際に仲間を鼓舞し、チームの士気を高めるその様は、中村がいかに川崎において重要な存在であるかを十分に示していた。
 
 この試合、中村は心身の両面で川崎の中心で居続けた。91分にベンチへ退くまで絶えず相手選手にプレッシャーをかけ続け、ピッチを縦横無尽に走り回る彼のプレーを模範とするかのように、川崎の面々は流動的なサッカーを展開した。
 
 37歳のベテランらしく頭を使った賢いプレーを随所で披露し、浦和にとって嫌な存在となり続けた中村は、私に言わせれば間違いなくこの試合のMVPだ。
 
 たらればでしかないが、今から約2週間前の11月15日にブルージュで行なわれたベルギー対日本戦のピッチに中村が居たらどうなっていただろうか。私はそんなイメージを膨らませていた。
 
 相手守備陣を苦しめる危険なパスを供給できる中村は、デュエルでも勝ち方を心得ているように見える。もし、あのブルージュのピッチに立っていたならば、ハリルジャパンに多くのチャンスをもたらしていたかもしれない。
 
 話が逸れたが、浦和戦で中村を追いかけるなかで気になった選手がいた。10番を背負っていた大島僚太だ。
 
 小柄だが、動きの速さと精度の高いパスを供給していた彼は、あと数年は技術を磨く必要性があるが、先達のような川崎を背負って立つ存在になれると、私は直感的に感じた。
 
 さて、浦和に勝利した川崎には、今週末に逆転優勝への一縷の望みが残された。中村の年齢を思えば、リーグ優勝の可能性というのはこれからも多く残されているわけではないだろう。
 
 今までタイトルを逃してきた中村だが、もし、優勝ができなければ、彼はリバプールをプレミアリーグ制覇に導けぬまま、第一線から退いたジェラードのように"悲運のキャプテン"として語り継がれるのかもしれない。

 私は彼がJリーグのシャーレを掲げるに相応しいリーダーだと思っている。ゆえに最終節の大宮アルディージャ戦には、大きな期待を寄せている。
 
取材・文●スティーブ・マッケンジー(サッカーダイジェスト・ヨーロッパ)
 
【PROFILE】
スティーブ・マッケンジー (STEVE MACKENZIE)
profile/1968年6月7日にロンドンに生まれる。ウェストハムとサウサンプトンのユースでのプレー経験があり、とりわけウェストハムへの思い入れが強く、ユース時代からサポーターになった。また、スコットランド代表のファンでもある。大学時代はサッカーの奨学生として米国の大学で学び、1989年のNCAA(全米大学体育協会)主催の大会で優勝に輝く。
 
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