優勝以外は考えられない――アジアカップに菅原由勢は野心むき出し「自分のすべてを捧げられたら」

2023年12月21日 元川悦子

カメルーン戦の気持ちを今も忘れずに

森保Jの重要戦力として23年を駆け抜けた菅原。アジアカップでの活躍にも期待が高まる。(C)SOCCER DIGEST

 2026年北中米ワールドカップ優勝という大目標に向け、力強いスタートを切った2023年の日本代表。3月のウルグアイ&コロンビアとの2連戦こそ未勝利だったが、6月のエルサルバドル戦から8連勝。プレミアリーグでプレーする三笘薫(ブライトン)、冨安健洋(アーセナル)、遠藤航(リバプール)らの存在などもあり、今の代表は「史上最強」の呼び声も高い。

 その真価が問われるのが、2024年1~2月にカタールで開催されるアジアカップだ。日本はベトナム、イラク、インドネシアと同組に入っており、グループステージ突破は問題ないと見られるが、2022年カタールW杯出場国の韓国、イラン、サウジアラビアを筆頭にライバルは少なくない。

 年代別代表時代からアジアを戦う難しさを熟知する菅原由勢(AZ)も、「今年8連勝しましたけど、公式戦はまた別」と警戒心を募らせている。そういうなかで優勝してこそ、本当に強いチーム。彼はそう考えて、頂点だけを目ざして突き進む覚悟だ。

「今の日本代表は優勝できる力が十分にあると思います。公式戦で優勝するからこそ、『日本代表は強いね』と言ってもらえる。僕自身、本当に優勝以外は考えてないですし、優勝するために自分のすべてを捧げられたらなと思っています」と意気込みを新たにする。

 2000年生まれの菅原は、92年広島、2000年レバノン、2004年中国という3度のアジアカップ優勝の記憶はない。92年大会で森保一監督が活躍し、2000年大会で名波浩コーチがMVPに輝き、2004年大会では中村俊輔がMVPを受賞したことも知らないのではないか。

「自分が記憶しているのは、2011年(カタール大会)の優勝ですね。あの時が一番濃いです。もちろん準優勝に終わった前回の2019年(UAE大会)も真剣に見てましたよ。その時はもう自分もプロだったから。プロになった以上はそこ(代表)に行ける資格はあると考えていました。

 1人の日本人として、最後に優勝したのが2011年っていうのはやっぱり寂しい。今回、王者の座を奪還したいと思ってます」と菅原は野心をむき出しにした。
 
 それを果たしてこそ、内田篤人ら先人たちに堂々と肩を並べることができる。思えば、2011年大会の右SBは内田だった。彼もまた出番なしに終わった2010年南アフリカW杯の屈辱をバネにアジアカップで自身の地位を固め、2014年ブラジルW杯につなげていった。菅原も同じようにここで弾みをつけるべきなのだ。

「僕は23歳になりましたけど、サッカー界で見たら23は決して若くない。5大リーグのトップクラブでバリバリにやっていかなきゃという気持ちにもなります。

 だだ、代表に来て思うのは、一つひとつの積み重ね。大事なのは何歳で代表に入るかじゃなくて、そこからプレーし続けることだと思うんです。これからは下からの突き上げもあると思うし、そこに負けていたらダメ。良い競争が自分たちを強くするんだと思います。

 僕も初めて代表に呼ばれた2020年10月のカメルーン戦の時の気持ちで今も活動に行っています。ビビッて周りに遠慮しながらプレーするんじゃなくて、少しでも自分の良さを出さなきゃいけないと思いながらやってます。ホントに生き残るために毎回、毎回、死に物狂いで取り組んでる。それはこの先も変わらないですね」

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