【柏】MLS挑戦を決断した工藤壮人。「ステップアップして“変わった工藤”を見せたい」

2015年12月31日 小田智史(サッカーダイジェスト)

「25歳の自分にとって“ラストチャンス”だと思った」

工藤の元にバンクーバー・ホワイトキャップスからオファーが届いたのは、天皇杯準決勝・浦和戦のおよそ1週間前。わずか2日ほどで決断し、12月29日に移籍合意の発表に至った。 写真:徳原隆元

 柏のエースナンバー9を背負う工藤壮人が、アメリカ1部リーグMLS(メジャーリーグサッカー)のバンクーバー・ホワイトキャップス移籍という新たなチャレンジを決断した。
 
 工藤の元にオファーが届いたのは、12月29日の天皇杯準決勝後の発表から遡ることおよそ1週間前。年明けには各チームとも新シーズンに向けて始動する時期とあって、与えられた時間は少なかったが、わずか2日ほどで決断に至ったという。日頃から海外のサッカーをチェックし、かねてから海外挑戦の夢も公言してきた工藤にとって、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
 
「21、22歳で海外に出るのがベストだと捉えられている今の時代、25歳の自分にとって"ラストチャンス"だと思いました。(2011年の)クラブワールドカップやACLを戦って世界を肌で感じて、『毎日、世界を感じたい』という想いが芽生えた。今回、しっかり必要とされてオファーが届いたので、直感というか純粋に行きたいなと。環境を変えて、新たなチャレンジをしてみたいと思ったのが(移籍を)決断した理由です」
 
 工藤は小学4年生で柏レイソルジュニアの一員となり、以降、15年間黄色のユニホームを纏ってきた。人生の半分以上を過ごし、常に「レイソルの勝利のために」と思ってきた愛着あるクラブを離れることに、後ろ髪を引かれる気持ちがなかったわけがない。それでも、覚悟を持って自分の夢を追い求めることにしたと話す。
 
「10歳の時から、練習・試合、とにかく毎日レイソルのエンブレムを着けて行動してきました。ありきたりな表現になってしまいますけど、レイソルは『僕のすべて』というか、サッカーとともに一人前の人間に育ててくれたクラブだと思っています。だからこそ、正直レイソルから離れる実感はまだあまり沸いていません。ただ、生半可な気持ちで決めたわけではないので、またレイソルに戻ってくるといった保険的なことは言いたくないし、向こう(MLS)で良い結果を残すことだけを考えています」
 

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