「“死に方”がね、分かんないかも」。もがき、抗いながら、キャリアを全うする中村俊輔の生き様【コラム】

2022年10月19日 広島由寛(サッカーダイジェストWeb編集部)

「なにくそ、という気持ちになる。だから大丈夫だよ」

俊輔が26年のプロ生活にピリオド。観る者をうならせた数々の美技は色褪せない。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

 気遣いができる人。それが中村俊輔だ。

 まだ俊輔がマリノスに在籍していた頃。三ツ沢でのホームゲームで、その日はベンチ外だったからか、試合前に俊輔がふらっとプレスルームに姿を現わした。

 馴染みの記者たちと雑談をかわすなかで、筆者の腕時計を見て、俊輔は「かっこいいじゃん!」と一言。「いやいや、安物ですよ」と返したが、派手なデザインの腕時計を自慢げにつけている相手に対する、俊輔なりの優しさだったのだろう。無粋なリアクションをしてしまった。

 またオンラインでのインタビューでは、取材とは関係のない、わざわざ触れなくてもいいことに言及して、盛り上げてくれる。

「で、そこどこなの? 娘さんの部屋? なんでまたそんなところで(笑)。いくつなの? お、うちも同じ歳の子、いるよ」

 気遣いができるから、相手の考えを即座に察知し、それに応じた振る舞いをする。

 2019年夏、磐田から横浜FCに新天地を求めた。しばらくは思うように出番を掴めない時期があった。

 俊輔、大丈夫か? そんな思いで練習場に赴くと、少し距離の離れたところで筆者に気づいた俊輔は、苦み切った表情を浮かべ、両の手のひらを下に向けて、腰のあたりで数回、上下動させる。"まあまあまあ、分かっているよ、言いたいことは"と言わんばかりに。

 近くに歩み寄ると、俊輔はボソッと「"死に方"が…」とつぶやく。「"死に方"がね、分かんないかも」。
 
 もちろん、文字通りの意味ではない。プレーヤーとして、だ。当時41歳。自身が置かれている状況を踏まえ、選手として引き際をどうするかは、常に頭の片隅にあったのかもしれない。

 それでも、俊輔は「なにくそ、という気持ちになる。だから大丈夫だよ」と事も無げに言い、出番を掴むために、必死にもがいていた。

 そんな自分を自虐的に「ちょっと"イタイ"っていうかね、見苦しいかもしれないけど」と語る。

 そして、2019年シーズンの最終盤、6試合ぶりに先発した38節・東京V戦で、移籍後初ゴールをゲット。強烈なミドルシュートを突き刺し、2-1の勝利に貢献した。以後は最終節までスタメンで出続けると、チームも怒涛の5連勝。J1昇格を果たした。

 もがき、苦しむなかでも、俊輔はむしろそんな状況さえも楽しんでいたように思う。40代を迎えてからは、プロとしてサッカーを続けられることへの感謝を口にする機会も多くなった。

 現役引退を決意した今季は、ここまで出場5試合、0得点。寂しい数字だが、気持ちは折れず、逆境に逆らい、懸命に抗いながら、うまくいかなくても次につながる何かを見出して、シーズンを過ごしていたはず。それもまた俊輔らしい"死に方"だったと思う。

取材・文●広島由寛(サッカーダイジェストWeb編集部)

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