30歳で早すぎる引退…ウィルシャーという素晴らしい逸材の記憶をここに【英国人記者コラム】

2022年09月30日 スティーブ・マッケンジー

左足のテクニックとクリエイティビティーに、英国的な美徳も

持ち味を存分に発揮して、その名を世界に轟かせた記念碑的な試合が、10-11シーズンのCLバルサ戦(写真)だ。 (C)Getty Images

 少し前になるが、ジャック・ウィルシャーが現役を引退した。30歳。早すぎる終わりだった。
 
 ウィルシャーという素晴らしいプレーヤーの記憶を、ここに残しておきたい。
 
 1992年生まれのウィルシャーは、次代を担うタレントとして大きな注目と期待を集めた逸材だった。同時期に頭角を現わした同い年のネイマール、マリオ・ゲッツェと並び称されたりもした。
 
 ロンドン出身でアーセナルのユースアカデミーで育ち、16歳でプロデビューを果たした。アーセン・ヴェンゲル監督の時代の08年9月だ。16歳256日でのデビューはリーグ戦におけるアーセナルの最年少記録で、セスク・ファブレガスの17歳103日を更新した。
 
 際立っていたのは、左足のテクニックとクリエイティビティー。それでいて闘争本能を剥き出しに相手に挑みかかる英国的な美徳も兼ね備えていた。
 
 そうした持ち味を存分に発揮して、その名を世界に轟かせた記念碑的な試合がある。10-11シーズンのチャンピオンズリーグ、ラウンド・オブ16のバルセロナ戦だ。
 
 ペップ・グアルディオラ率いる最強バルサを相手に、シャビ、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツを向こうに回し、プレスをかわしてボールをキープし、力強いドリブル、華麗なパスワークでゲームを支配した。ホームの第1レグを2-1で取りながら、アウェーの第2レグを1-3で落としてチームは敗れたものの、特別な才能を強烈に印象づけたのだった。
 
 忘れられないゴールは、13-14シーズンのノーリッジ戦でのそれだ。自陣からのビルドアップで左に展開して攻め上がり、最後はオリビエ・ジルーとのワンツーから浮き球のリターンパスを右足のダイレクトで合わせてネットを揺らした。
 
 ただ、この試合とこのゴールのほかにキャリアを象徴するようなハイライトシーンは残せなかった。現役生活は怪我との闘いの連続だった。足首、膝、肩、股関節とどこかに絶えず故障を抱え、才能が約束する高みへとは辿り着けなかった。その意味でも悔いが残る引退だ。
 
 ボールを持つと、相手をぎりぎりまで引きつけてパスを出し、ドリブルでかわしていく。守備の局面では、濃厚に宿す英国的なメンタリティーがハードワークに駆り立て、身体を張らせる。怪我の多さは才能があるがゆえの、ハートが強いがゆえの、いわば名誉の代償だったのだ。古くはポール・ガスコインがそうだった。いまではジャック・グリーリッシュが似たタイプだろう。
 

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