連載|熊崎敬【蹴球日本を考える】負の連鎖からの好転、暗転。柏を翻弄したサッカーの難しさ

2015年09月13日 熊崎敬

ひとつのボタンの掛け違いが負の連鎖となった。

浦和の攻撃の前に終始後手に回らざるを得なかった柏。打開の糸口を見つけた後の失点は皮肉だった。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 第2ステージで優勝争いを繰り広げる柏が、3連敗中の‟鬼門"埼玉スタジアムで手痛い1敗を喫した。
 
 スコアは0-1。決勝点は88分に生まれたが、GK菅野の好セーブの数々がなければ3、4点差がついてもおかしくない内容だった。
 
 柏はなぜ苦戦したのか。私は、吉田監督のイメージと現実に乖離があったからだと考える。
 
 4-3-3を基調とする柏だが、この試合ではアンカーの茨田が最終ラインの中央に入る5-4-1で戦う時間が長かった。無理もない。支配力があり、前線に5人が展開する浦和の攻撃を凌ぐには、4バックでは枚数不足に陥るからだ。
 
 最終ラインの枚数を合わせて浦和の攻めを凌ぎ、ボールを奪ったら4-3-3に切り替えて反撃に出る。そうした狙いが見て取れた。
 
 だが、逆襲の場面は皆無に近かった。その理由ははっきりしている。最終ラインは数こそ間に合っていたが、本職ではない茨田が加わったことで安定感を欠いたからだ。
 
 印象的なシーンがある。
 56分、左サイドからペナルティアーク付近の興梠にグラウンダーのパスが入る。興梠の背後には茨田がついていたが、何も手出しできないままトラップ、ターン、シュートを許してしまった。
 
 茨田は多くの場合、興梠と対決したが、当然、興梠が有利になる。5組のマッチアップ、その肝心の中央でミスマッチが生まれるというのは大きな不安要素となる。
 
 それでも‟DF茨田"が持ち堪え、‟MF茨田"が攻撃面で本来の展開力を発揮すれば、十分にお釣りは来る――。
 それが吉田監督の狙いだったはずだが、そうはならなかった。
 
 茨田が最終ラインに吸収されたことで、中盤のプレスがかからず、柏は全体が自陣に引かざるを得なくなった。ボールを奪っても敵陣は遠い。前に運ぶ人数も少ないため、すぐに奪い返されてしまう。
 
 エデルソン、工藤、クリスティアーノの3トップは、自陣での窮屈なプレーを強いられ、ほとんど前を向けなかった。
 
 ひとつのボタンの掛け違いが、負の連鎖となった。
 
 守備一辺倒の柏が攻撃の糸口を見出したのは、残り30分のこと。きっかけは59分の交代だった。ゴール前の接触で茨田が傷み、近藤が投入される。経験豊かな守備の職人が加わったことで5バックは安定感を取り戻し、チーム全体に勢いが生まれるようになった。
 
 出番を失っていた近藤にとって、それは自らの存在を懸けた30分だったと思う。
 やはり餅は餅屋。専門職にしかできない仕事があるということを、彼は証明した。激しいタックルでボールを狩り、その流れからチャンスが生まれた。それは受け身に終始した、それまでの柏には見られなかったプレーだった。
 
 それにしてもサッカーは分からない。
 監督の狙いが外れ、防戦一方になった前半、柏は失点を免れ、近藤の投入で立ち直った終盤に決勝点を失う羽目になった。この敗北をもっとも悔しがっているのは、近藤かもしれない。
 
取材・文:熊崎 敬
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