「自分みたいな選手はいらないって」戸田和幸はジーコの言葉をどう受け止めたか?「確執はない」ときっぱり

2022年03月06日 サッカーダイジェストWeb編集部

「こういう失敗は人生において時にはあるので」

戸田氏が鈴木氏のYouTubeチャンネルに出演。日本代表時代や欧州挑戦のエピソードなどを語った。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)

 元日本代表で日韓ワールドカップ16強入りにも貢献した経歴を持つ戸田和幸氏が、浦和レッズのレジェンドである鈴木啓太氏のYouTubeチャンネルに出演。3月5日に公開された最新コンテンツで、日韓W杯後のジーコ・ジャパンについて語った。

 2003年にプレミアリーグのトッテナムに新天地を求め、念願の欧州移籍を果たした戸田氏。その年に代表招集の打診を受けたが、これを辞退したという。

「断ったというか、怪我をしていたんですよ」

 トッテナムで2シーズン目のプレシーズンで、自身の調子はすこぶる良かった。だが、「開幕の2週間前に右のふくらはぎで、けっこう大きめの肉離れをしちゃって。そこからまだ回復の途中だった」。

 万全の状態ではなく、プレーもできない。それで代表に行っていいのか。そうした考えもあり、断念した。

 鈴木氏から「メディアの情報だと、(招集を)断って、ジーコとの確執がどうのこうの、みたいな話がありましたけど」と問われると、「確執は全然ないんですけど」と明らかにしたうえで、次のように話す。

「そもそもジーコさんが監督に就任した時に、自分みたいな選手はいらないって言ったはずです」

 鈴木氏が「それはジーコが、ですか?」と確認。戸田氏は「はい」とうなずき、「でも分かる気がします」と理解を示す。

「ジーコさんが代表監督になってから選んだ中盤の選手は、基本的には技術的なレベルがすごく高い選手を好んだので。みんな好き嫌いはある。それは全然なんとも思っていなかった」
 
 もっとも、自身に「(その時の代表に)行っておけばよかったじゃん」と言う人もいたという。顔を合わせて、しっかりコミュニケーションを取っていれば――。戸田氏は「ひょっとしたら、その後(招集が)あったかもしれない」と振り返る。

 戸田氏の代表キャップは2002年で途切れている。「こういう失敗は人生において時にはあるので」と自嘲気味に言うと、鈴木氏も声を出して笑う。

 その後も様々な経験を積みながら、戸田氏は2013年に現役を引退。現在は解説業や指導者など、幅広いフィールドで活躍中だ。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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