【コパ・アメリカ現地レポート】1年前のあのチリはどこへ…思うように稼働しない「チャンス製造工場」

2015年06月16日 熊崎敬

地元優勝へのプレッシャーか、メキシコと痛恨のドロー。

力強さや意外性がなく、淡泊なミスも目立つ。「地元で初優勝」というプレッシャーが、チリの足かせになっているようだ。 (C) Getty Images

【コパ・アメリカ2015】
グループA
△チリ 3-3 △メキシコ
[得点者]チ=ビダル(22分、55分PK)、バルガス(42分):メ=ブオソ(21分、66分)、ヒメネス(29分)
 
 初優勝を狙う開催国チリの人々は、グループリーグを行きがけの駄賃のように考えていた。ボリビアはもちろん、ワールドカップ出場国のエクアドルも彼らから見れば格下であり、招待国メキシコも今回は国内組が中心。はっきりいって簡単なグループだ。
 
 この旅の中で、私は「コパ・アメリカに楽な試合はひとつもない」という言葉を何度も聞いた。だが、チリ人の多くは次のようにも語っていた。
「でも、俺たちの1位通過は間違いない」
「きっと3連勝するだろう」
 
 1位を確保すれば、グループリーグ3試合に続いて決勝までのすべての試合を首都サンティアゴで戦うことができる。これで優勝しなければ、いつ優勝するの? というくらい恵まれた条件でチリはコパを戦っているのだ。
 
 ところが早くも2戦目にして躓いた。若いメキシコと撃ち合いを演じてしまい、3-3のドローに終わる。これでボリビアとの3戦目は負けられない一戦となった。
 
 ワールドカップのチリと今大会のチリは、まったくの別人のようだ。1年前のチリは激しい守備で面白いようにボールを搦め取り、湧き出すように味方が現われて敵を混乱に陥れた。前回優勝のスペイン、準優勝のオランダを圧倒し、ブラジルにも肉迫した。その休みなく攻撃を続ける様子を、「チャンスの製造工場」と書いた記憶がある。
 
 だが、今大会は工場が思うように稼動していない。動きに力強さや意外性がなく、淡泊なミスも目立つ。なぜ、そうなってしまうのか。あのブラジルがそうだったように、チリもまた勝つしかないというプレッシャーに苛まれているのだ。
 
 5万近くの大観衆を飲み込んだナショナル・スタジアムに、メキシコ人はいないも同然だった。スタジアムは真っ赤に染まり、国中の目が注がれた。この時間、試合を見ていないチリ人がいたら、それは生まれたばかりの赤ん坊か重病人、そうでなければ奇人変人だろう。その過度な期待に、選手たちは押し潰されそうになりながら戦っているのだ。
 
 スコアと同じく、スタジアムの空気は激しく揺れ動いた。
 
 先制されて「やっぱり勝てないのか……」となり、追いついて「俺たちはできる!」と奮い立つ。この不安定な動きが延々と繰り返された。軽いプレーでボールを失うと、スタジアムは巨大なため息の吹き溜まりと化した。それはゴールが決まるたびに吹き消されたが、いつしかまた溜まる。
 
 教育水準が高いことで知られるチリの人々は、決して失点やミスに激怒したりしない。余所者の私に食って掛かったり、からかうような素振りは一切しない。それどころか時折、クッキーを勧めてくれる。みんなとてもいい人たちだ。そのいい人たちが勝利だけを祈っている。その気持ちを選手たちは痛いほど知っているから、堅くなってしまうのだ。
 
 72分、これを決めなくていつ決める? という場面でシュートを外したバルディビアは、顔を覆ったまま立ち上がれなくなってしまった。それは巨大な重圧を象徴するシーンだった。
 
「ぼくらの代表チームはどうして、こうなってしまったんだ」
 チリの人々は深い悩みを抱えることになった。それは4日後のボリビア戦まで続く。このため息の吹き溜まりを、だれかが一掃しなければならない。
 
取材・文:熊崎敬



 
 
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