キャプテン吉田麻也を「越える存在」に!冨安健洋が東京五輪に抱いていた決意

2021年08月08日 サッカーダイジェスト編集部

大会直前に左足首を捻挫

A代表でもコンビを組む吉田(右)を超える存在を目指すという冨安(中)。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)

 開幕直前、主軸のCBをアクシデントが襲った。南アフリカとの初戦を翌日に控えた7月21日の練習で、冨安健洋は左足首を捻挫。チームに大激震が走った。

 南アフリカ戦、続くメキシコ戦はベンチ外。黙々と、個別メニューを続けた。グループリーグ最終戦のフランス戦でようやく復帰。相手にゴールを許さず、4-0の勝利に貢献した。

「状態は全然、悪化してないですね。むしろやったほうがよかった」

 完全復活を印象づけたが、今度は累積警告に泣く。フランス戦に続いて準々決勝のニュージーランド戦でも警告を受け、準決勝のスペイン戦は出場停止。味方を信じたが、ベンチの外で金メダルの夢が潰えた。最後は銅メダル獲得へ気持ちを奮い立たせ、3位決定戦、メキシコ戦のピッチに立った。

「(吉田)麻也さんに頼ってばかりでなく、越える存在が出てこないとダメ。吸収して、そういう存在になれれば」

 東京五輪は、A代表でもペアを組む10歳年上の吉田から学べるものは全て学び、その存在を越えていくための一歩を踏み出す場、そう捉えていた。
 
 2018年に、Jリーグ創設以来、CBでは初めて10代でA代表デビュー。そして、瞬く間に不動の存在となった。今大会では、日本サッカーを背負って立つひとりとしての責任感があった。

 小学1年生の時、たまたま訪れたマンションの通路を駆けていく足の速さに驚いた辻寛二氏にスカウトされて、地元・福岡市の三筑キッカーズに入団。本格的にサッカーを始めた。天賦の才は、昔からその性格に宿る。

「とにかく普通の子と違った。謙虚で、天狗にはならんし。中に爺さまが入っているようで」(辻氏)

 福岡のジュニアユース時代には、オフの日は遊ぶチームメイトが多いなか、冨安はひとり、公園で体幹トレーニングをしていた。当時から口にしていたのは「東京五輪に出る」だった。

 夢舞台は、思い描いていたような大会にはならなかった。ならばこそ――。越えなければならない壁を超えるため、22歳はまた、前を向く力を手にした。

構成●サッカーダイジェスト編集部

【東京五輪】男子サッカー 全試合結果&グループステージ順位表
 
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