FC岐阜へ完全移籍の柏木陽介、浦和での11年間を回想。「2011年に残留争いをしているとき…」

2021年03月12日 サッカーダイジェストWeb編集部

「深く反省しています」

柏木が浦和での11年間を振り返り、これまでの感謝を口にした。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

 3月12日、J3FC岐阜への完全移籍が決まったMF柏木陽介が、浦和レッズの公式サイトでコメントを発表。11年間を振り返りこれまでの感謝を綴った。

 規律違反による懲罰処分として構想外となり、浦和退団が決まっていた柏木の移籍先がFC岐阜に決まった。処罰されることとなったのは、コロナ禍のなか沖縄で行なわれた今季のプレシーズンキャンプ中に起こしてしまった違反が発端だった。

 浦和はキャンプ中のルールとして、「近隣のコンビニエンスストア以外への外出および外食は禁止」を設けていたものの、柏木と杉本健勇の2選手が飲食店にて外食を行なっていた事実が判明。両選手には厳重注意と罰金が科せられ、柏木については繰り返しの違反だったとして、クラブからは「移籍する方針」であると発表されていた。

 移籍先が決まった柏木は、浦和の公式サイトでコメントを発表。これまで長きに渡り中心選手としてプレーしてきたクラブと、そのファンに向けて、「ご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします。昨年も自覚を欠いた行動を起こしたにもかかわらず、今回新監督と一緒にチーム一丸となって開幕を迎えなければならない大事な時期にチームの和を乱す行為を行ったことを深く反省しています。本当に申し訳ありませんでした」と改めて謝罪した。
 
 また、11年間を振り返り、現在の心境とともに感謝を綴っている。

「浦和レッズの一員としてACLなどタイトルを獲得できたことはもちろん、2011年に残留争いをしているときに苦しくて大変だったチームを優勝争いに近い熱量でみなさんに応援してもらったことが強く印象として残っています。良いときも悪いときも変わらぬ声援をいただいたこと、それと同時に大きなプレッシャーや責任感を感じてプレーできたことは自分にとっての財産です。ただ、その声援を背負い、最高のサポートをしていただいたにも関わらず、Jリーグのタイトルを獲得できなかったことがとても心残りです。

 今日で浦和レッズを離れますが、FC岐阜でサッカー選手として、人として成長し、これまでの弱い部分を克服して、また埼玉スタジアムでプレーできるように努力します。最後になりますが、ファン・サポーターのみなさま、パートナー企業のみなさま、そして自分を支えてくれた浦和レッズに関わる全ての方に感謝しています。本当にありがとうございました」

 柏木はプロサッカー選手として、またひとりの人間としてさらなる成長を誓い、J3クラブで再出発を切る。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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