「僕はディ・マリアより上だった」元“超逸材”アドゥが欧州初挑戦時の悔いを激白!「モナコに行ってなければ…」

2020年12月23日 サッカーダイジェストWeb編集部

「次代のペレ」と呼ばれた超逸材

16歳でプロ契約を締結して華々しい活躍が期待されたアドゥ。 (C) Getty Images

 かつて「次代のペレ」とまで言われた"神童"フレディ・アドゥ。16歳でMLSのDCユナイテッドとプロ契約を締結した彼のキャリアの転機となったのが、18歳だった2007年にポルトガルの名門ベンフィカへ入団したことだった。

 大きな期待を背負って初めて欧州へ渡ったアドゥ。だが、ポルトガル代表のレジェンドでもあるマヌエル・ルイ・コスタや、後にアルゼンチン代表のレギュラークラスとなるアンヘル・ディ・マリアたちとの熾烈な競争に敗れ、さしたるインパクトを残せず……。結局、わずか1年でフランスの名門モナコへ移籍する。

 だが、モナコに渡ってからも鳴かず飛ばずで声価を高められなかった逸材は、その後に8か国12チームを渡り歩いたが、才能が開花することはなかった。

 苦しんだベンフィカ時代を、31歳となったアドゥ本人が振り返っている。アメリカのポッドキャストメディア『Blue Wire』で、「ベンフィカからモナコへ去ったのは自分にとって最大の過ちだ」と語った。

「もしも、人生をやり直せるなら、二度としないような決断だったと心の底から言えるよ。あの時のベンフィカでは1年で3人も監督が替わって、完全に機能不全に陥っていたから、出来るだけ早く退団して違う方向に少しでも進みたかった。けど、結果として最悪の決断になってしまった」
 
 さらに同じタイミングでロサリオから入団していたディ・マリアと自身を比較したアドゥは、「当時は僕の方が上だった」と強調した。

「ディ・マリアとは同じ時に移籍したけど、あの時のプレーに関して言えば、僕の方が彼よりも上にいたと思う。練習の時から彼よりも良いプレーができていたという自信があるよ。でも、僕はローンでモナコに去り、ディ・マリアはベンフィカに残った。で、どうなったか?

 彼は後任監督のもとでプレーするチャンスを得て、スタメンまで勝ち取り、1、2年後にレアル・マドリーへ移籍した。僕はというとモナコから2つ目のチームへローンされてからはみんなが知っている通りだ。最悪の決断をしてしまったのは、人生で一番の後悔だよ」

 現在スウェーデン4部リーグに在籍しているアドゥ。もしも、「最悪の決断」をせずにベンフィカで辛抱強くプレーを続けていたら、31歳となった今、全く別のキャリアを歩んでいたのだろうか。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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