「天才少年から失業者へ」元バルサの“クロアチアのメッシ”は、なぜ24歳で無所属になったのか?「サンペールらの世代が…」

2020年10月11日 サッカーダイジェストWeb編集部

クロアチア代表の最年少出場記録を塗り替える

若くしてバルサに青田買いされたハリロビッチだが、その後のキャリアは…。(C) Getty Images

 かつての"天才"が、まさかの境遇に陥っている。"クロアチアのメッシ"とも評されたアレン・ハリロビッチだ。

 10月5日にミランとの契約が解除となった24歳のMFは現在、フリーの状態で所属先を探している。この歳でこんな状況になるなど、思ってもみなかっただろう。9日付けのスペイン紙『AS』は、「天才少年から失業者へ」と題して、ハリロビッチのこれまでのキャリアを振り返っている。

 クロアチアの名門ディナモ・ザグレブの下部組織出身で、2012年にクラブ史上最年少の16歳101日でトップデビューを果たした俊英は、その11日後に初ゴールを決め、チームの最年少得点記録も更新。さらに、翌年の6月には、16歳11か月23日でクロアチア代表の最年少出場記録も塗り替えるなど、"神童ぶり"を見せつけていた。

「同胞のルカ・モドリッチやイバン・ラキティッチよりも上」(AS紙)とも評されたレフティーは、14年夏にスペインの強豪バルセロナに引き抜かれる。そして、Bチームでプレーしながら、翌年1月のコパ・デル・レイでトップデビューを果たすなど、ここまでは順風満帆、かに思われた。

 だが、セルジ・サンペール(現ヴィッセル神戸)やアレハンドロ・グリマルド(現ベンフィカ)などもいたこの時のBチームは、スペインの2部から2部B(実質3部)に降格するなど、「最高の世代とは言えなかった」ため、ハリロビッチはそのせいで自身のトップデビューも遅れたと考えていたという。

【動画】"クロアチアのメッシ"と評されたハリロビッチの超絶テクニックはこちら
 クラブとのトラブルもあり、翌年のスポルティング・ヒホンへのレンタルを経て、16年夏にドイツのハンブルクに完全移籍すると、順調だったキャリアは暗転。その後もラス・パルマス(レンタル)→ミラン→スタンダール・リエージュ(レンタル)→ヘーレンフェーン(レンタル)と渡り歩いたが、いずれも結果を残せなかった。

「18年にミランに移籍して再起を図ろうとしたが、イタリアでもうひとつの壁にぶち当たった。セリエAでは1分もプレーできなかった」と記事は綴っている。

 スタンダールでもクラブとうまくいかず、「彼らは会話もなく、約束を守らなかった。嘘つきだ」と地獄のような日々だったことを打ち明けたハリロビッチ。復活を期したヘーレンフェーンでは、コロナウイルスの影響でリーグが早期中断するなど、運もなかった。

 そのヘーレンフェーン時代には、「まだモドリッチのようにプレーする自信はある」と語っていたかつての超逸材は、この先どんなキャリアを歩むのか。まずは、新天地に注目したい。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部
 

次ページ【動画】“クロアチアのメッシ”と評されたハリロビッチの超絶テクニックはこちら

みんなにシェアする
Twitterで更新情報配信中

関連記事