「彼の性格が完璧じゃなかった…」元マドリーSDが“幻”に終わったテベス獲得計画を激白!

2020年05月30日 サッカーダイジェストWeb編集部

野望が実現しなかったワケは?

ユナイテッドで異彩を放っていたテベス(左)を引き抜こうとして計画を、元マドリー幹部のミヤトビッチ(右)が明かした。 (C) Getty Images

 2001年にボカ・ジュニオルスで鮮烈なデビューを飾ったカルロス・テベスは、アルゼンチンでもトップクラスの人気を誇るスターにのし上がった。

 06年にコリンチャンスからウェストハムへ移籍して欧州挑戦の足掛かりを掴んだテベスは、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、ユベントスと欧州の名立たるメガクラブを渡り歩き、合計3度のプレミアリーグ制覇と2度のスクデット獲得に貢献。確かな功績を残した。

 現在36歳となったテベスは愛着のあるボカでキャリアの晩年を迎えている。そんなアルゼンチン・サッカー界の巨星は、かつて"銀河系軍団"の一員になりかけたことがあったという。

 その驚きの事実を明かしたのは、現役時代にマドリーで異彩を放ち、「バルカンの速射砲」の異名で愛された元ユーゴスラビア代表FWのプレドラク・ミヤトビッチだ。

 かつての名ストライカーは、ラモン・カルデロン氏が会長を務めていた06年から約3年間に渡ってマドリーのスポーツディレクターを務めていたのだが、その時にテベス獲得の計画を推し進めていたという。

 アルゼンチンのラジオ局『Radio Villa Trinidad』の番組「Super Deportivo Radio」のインタビューに応じたミヤトビッチは、こう話している。

「私は彼と一緒に戦いたかった。マンチェスター・ユナイテッドでプレーしていた時にマドリーに連れていくために、我々は彼と話し合いもしたんだよ。でも、状況が変わってしまったために、マドリーのスポーツディレクターとしての野望であったテベスを獲得することはできなかった」
 
 では、なぜ獲得できなかったのか? ミヤトビッチは当時のクラブ内部で起きたウラ事情を明かした。

「なぜテベスを迎えられなかったのか? それは誰もが知っている彼のアスリートとしての資質とは別に、性格とスタイルがマドリーに完璧にフィットしないと考えられたからだ。

 テベスは生まれながらの勝者だ。決してあきらめずに戦って、ゴールを決めてチームメイトを救う。その姿勢に私はとても魅了された。だからこそ本当にマドリーでプレーさせたかった。もしもサインさせていたら、間違いなく成功していただろうね」

 ピッチ外での奔放な態度が原因で、幻と消えたテベスのマドリー入り。もしも、実現していたらミヤトビッチが期待するほどの成功を掴めていただろうか――。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部
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