神戸を変えたイニエスタはジーコのような存在…ふたりの様々な共通点とは

2020年04月25日 白井邦彦

華やかな助っ人の歴史でも一線を画す

昨季途中に引き続き、今季もキャプテンを務める。ゼロックス杯では鮮やかなプレーでチームを勝利に導いた。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

 1995年の船出から四半世紀を迎えた今、神戸は大きな変革の渦中にある。長年にわたって受け継がれてきた堅守速攻スタイルから脱却し、自らボールを握るポゼッションサッカーへの移行という挑戦。その中心にいたのは、元スペイン代表のアンドレス・イニエスタである。

 今まで神戸には数々のスーパースターが在籍し、それぞれがひとつの時代を築いてきた。草創期の96年にはデンマークの英雄ミカエル・ラウドルップがレアル・マドリーから移籍加入し、若かりしアンドレス・イニエスタも憧れたドリブルやノールックパスなどの華麗なプレーでクラブをJリーグ昇格へと導いている。

 他にもマルキーニョス、レアンドロ、ペドロ・ジュニオール、ボッティ、ポポ、エステバン、キムナミルなど、神戸の歴史に名を刻む外国籍選手を挙げればキリが無い。ネームバリューで言えば、2002年のワールドカップ日韓大会でブレイクした元トルコ代表のイルハン・マンスズ、元カメルーン代表のパトリック・エムボマ、ローマでプレーしたシンプリシオらも記憶に残る選手だ。

 そして近年では、ダビド・ビジャやルーカス・ポドルスキといった超一流選手も在籍した。神戸のスーパースター列伝はかなり華やかなものと言っていい。

 その中で、イニエスタはやはり別格だ。いや、一線を画す存在といったほうが正しいかもしれない。
 
 なぜなら、ピッチでの異次元なプレーでチームを牽引するだけではなく、チームやクラブの方向性を示すコーディネーター的な側面を有しているからだ。例えるなら、鹿島を常勝軍団へと導いたジーコのような存在かもしれない。

 ジーコとイニエスタを比較すると、いろいろと共通点が浮かび上がってくる。まずは選手としてのキャリアである。

 ジーコはワールドカップに3度出場している。82年大会は、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾとともに黄金のカルテットを形成し、「セレソン史上最強」と評されることがあるチームの中心として活躍した。そして母国ブラジルに限らず、世界的に絶大な人気を誇っている。

 鹿島では、93年のJリーグ開幕戦でハットトリックを達成し、同年の天皇杯ではヒールボレーという超絶プレーで日本のファンに強烈なインパクトを残した。

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