愛弟子セスクをチェルシーに譲り渡したヴェンゲルの堂々巡り 【アーセナル番記者】

2014年10月10日 ジェレミー・ウィルソン

ヴェンゲルは苦虫を噛み潰したような顔だった。

7節チェルシー戦では、OBのセスク(右)にしてやられた。このセスクの買い戻しではなく、エジル(左)を獲得した昨夏のヴェンゲルの判断には疑問の声も。 (C) Getty Images

「勝負を分けたのはセスク・ファブレガスか?」
 
 プレミアリーグ7節チェルシー戦後の記者会見で、アーセン・ヴェンゲル監督に質問が飛ぶ。指揮官の顔は、苦虫を噛み潰したようだった。0-2の完敗を受けてである。
 
「彼は良くやったと思うが、中盤は均衡していた。最後に違いを生み出したのは、アザールとジエゴ・コスタだった」
 
 78分。アーセナルに引導を渡す決定的な2点目を導いたのは、測ったようなセスクのロングパスだった。距離にして約30メートル。ペア・メルテザッカーとロラン・コシエルニーの判断ミスも手伝い、セスクのパスはD・コスタの足下にピタリと通った。試合後、チェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督は、手放しでセスクを称賛した。
 
「セスクは素晴らしかった。ただ、間違えてはいけない。(古巣の)アーセナル相手にモチベーションをさらに高めたという単純な話ではない。最初の日から、彼はずっと良くやっている。とくにこの試合では、自分を育てたクラブを相手に、チェルシーへの献身とプロフェッショナリズムを示してくれた」
 
 苦々しいヴェンゲルと、満足げなモウリーニョ。セスクが勝負を分ける存在だったのは、両指揮官の表情から容易に見て取れた。
 
 開幕から1か月半が経過したプレミアリーグのベストプレーヤーを挙げるなら、セスクとD・コスタの2人が甲乙付けがたいだろう。ただ、わずかながらセスクの貢献度が高いか。7試合で7アシストをマーク。昨シーズンのチームトップだったエデン・アザールの7アシストに早くも並んだ。
 
 翻ってアーセナルの司令塔、メスト・エジルはどうか。ヴェンゲル監督は1年前の夏、セスクとの二者択一でエジルを選んだと言われている。バルセロナに放出した際、買い戻しの優先交渉権を付けていたが、ヴェンゲルはこれを行使せず、エジルを4400万ポンド(約62億円)で獲得した。
 
 ところが、肝心のエジルのパフォーマンスが芳しくない。本職のトップ下から守備の負担の少ないサイドにポジションを移しても、まったくと言っていいほど力を発揮できていないのだ。チェルシー戦でも効果的な働きはできず、敗戦の一因になった。負の連鎖は続き、ドイツ代表の合宿中に左膝の靭帯を痛め少なくとも3か月の離脱が決定した。セスクとは対照的な道を歩んでいる。
 
 セスク獲得に際して、モウリーニョはある約束をして口説き落とした。
「CFやサイドアタッカーとしては起用しない」
 複数のポジションで使い回したバルサと違って、持ち味が最も活きる中盤センターに固定すると、そう言明したという。モウリーニョのこの言葉に、セスクの心は傾いた。
 
 アーセナルにはエジルのほか、アーロン・ラムジー、ジャック・ウィルシェアなどトップ下でプレーできるタレントが揃う。
 
 現在、セスクは27歳。エジルは25歳、ラムジーが23歳でウィルシェアは22歳だ。いずれもセスクより若く、彼らの才能を完全に開花させたいヴェンゲル監督は、それゆえ、ポジションの重なるセスクの獲得に動かなかった。
 
 10代の頃から我慢して使い続け、一人前に育て上げたセスクを、全盛期を迎えたこのタイミングでチェルシーに譲り渡した。そしてヴェンゲルは、忍耐強く育成に取り掛かる──。
 堂々巡りをしているように思えてならない。
 
【記者】
Jeremy WILSON|Daily Telegraph
ジェレミー・ウィルソン/デイリー・テレグラフ
英高級紙『デイリー・テレグラフ』でロンドン地域を担当し、アーセナルに精通。チェルシーとイングランド代表も追いかけるやり手で、『サンデー・タイムズ』紙や『ガーディアン』紙にも寄稿する。
【翻訳】
田嶋康輔
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