ヴェンゲルはなぜ、モウリーニョに突っかかったのか 【チェルシー番記者】の解釈

2014年10月09日 ダン・レビーン

「天敵」への敵愾心が過剰なリアクションを。

ネクタイを躍らせ、モウリーニョ(背中)に突っかかるヴェンゲル。普段は冷静なフランス人指揮官が怒りに駆られたのはなぜか。 (C) Getty Images

 ポール・マッカートニーが手掛けた『When I'm 64』というビートルズの楽曲がある。64歳になった自分を想像し、『草をむしったり、ガーデニングをしたり――』と歌う。英国では一般的に65歳が定年だ。アーセナルのアーセン・ヴェンゲル監督はいま、64歳。だが、悠々自適のリタイア生活は、頭の片隅にもないようだ。
 
 ヴェンゲルが日曜の午後を過ごすのは、庭ではなくスタジアム。草花を愛でる代わりに、敵将に掴みかかったのは、先の日曜(10月5日)の出来事だった。
 
 スタンフォード・ブリッジ(チェルシーの本拠地)でのその光景は、まさに超現実的だった。「プロフェッサー」とも呼ばれるアーセナルの指揮官が、ネクタイを躍らせて敵将ジョゼ・モウリーニョの胸を突く。誰もが呆気にとられ、当のモウリーニョもその瞬間は茫然自失といった体だった。
 
 我に返ったモウリーニョが、なおも迫ってくるヴェンゲルに対して一定の距離を保つようにと強い口調で諌める。それでもヴェンゲルは収まらず、その怒りの激しさは記者席からも手に取るように分かった。
 
 ヴェンゲルは試合後の会見で、一応の説明をしてみせた。曰く、ガリー・ケイヒルの激しすぎるタックルを食らって倒れ込んだアレクシス・サンチェスの様子を確かめに行こうとしたところ、モウリーニョが行く手を遮るように割って入ってきたのが原因だという。
 
「Aという場所からBという場所まで行こうとした。すると突然誰かがぶつかってきた。私が押したか? 少しはそうしたかもしれない。だが、突き飛ばそうとはしていない。見れば分かるだろ」
 ぴしゃりと言ったヴェンゲルは、記者団を睨みつけるようにしてこの件を終わらせようとした。私は質問の角度を変えた。モウリーニョが何か言ったのではないか。そう尋ねると、「私は彼の言葉を聞かないようにしている」とヴェンゲルは答えた。
 
 対するモウリーニョは、冷静だった。火に油を注ぐような刺激的な言葉は避け、ヴェンゲルの振る舞いに一応の理解を示したのだ。
 
 落ち着いて論理的にフットボールを語る普段のヴェンゲルは、まさに教授のようだ。だが、この件に関してはモウリーニョが完全に一枚上手だった。
 
 ヴェンゲルにとってモウリーニョはいわば天敵だ。過去12戦でひとつも勝てていない。「失敗のスペシャリスト」と揶揄したモウリーニョの言葉を根にも持っていたのだろう。ポルトガル指揮官に対する敵愾心が、過剰なリアクションを取らせたのではないか。
 
 学生時代にこんな経験はないだろうか。普段は温和で尊敬すべき先生が、うるさくて小生意気な生徒の執拗な授業妨害についに耐えかね、声を荒げて怒り出す――。今回の一件は、これに似ている。
 
『バレンタインデーや誕生日にはカードを贈ってくれるかい? ワインで祝福してくれるかい?』と、マッカートニーは歌う。
 ヴェンゲルとモウリーニョがカードを贈り合い、一緒にワインを楽しむような間柄になれるのは、はたして何歳でだろうか。
 
【記者】
Dan LEVENE|GetWestLondon.com
ダン・レビーン/GetWestLondon.com
チェルシーのお膝元、ロンドン・フルアム地区で編集・発行されていた地元紙『フルアム・クロニクル』でチェルシー番を務め、現在は同紙が休刊して全面移行したウェブ版『GetWestLondon.com』で引き続き健筆を振るう。親子三代に渡る熱狂的なチェルシーファンという筋金入りで、厳しさのなかにも愛ある筆致が好評だ。
【翻訳】
松澤浩三
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