「私は“洗濯かご”の中で死にかけたんだ…」 モウリーニョが14年前のマル秘エピソードを告白!

2019年01月21日 サッカーダイジェストWeb編集部

ベンチ入り禁止処分が科されたなかで…

咄嗟の閃きから、決死の行為に及んだモウリーニョ。「スペシャル・ワン」と称される名将は一体、何をしたのか? (C) Getty Images

 現場から離れているにもかかわらず、世間に話題を提供してしまうのも、ジョゼ・モウリーニョの「スペシャル・ワン」たる所以なのかもしれない。

 現地時間1月20日、中東のスポーツ専門メディア「beIN Sports」の番組に登場したモウリーニョが、自身の監督生活で経験したマル秘エピソードを告白した。

 今シーズン、マンチェスター・ユナイテッドで3年目を迎えたモウリーニョは、開幕前から数名の主力との確執も報じられるなどネガティブなニュースが続き、シーズンに入ってからは結果も伴わなかったことを受け、昨年12月中旬に解任。職を追われた現在は、フリーとして休息期間を満喫しているようだ。

 そんなモウリーニョが「beIN Sports」で語ったのは、今から約14年前の2005年の話だ。当時、チェルシーで第一次政権を築いていたポルトガル人指揮官は、シーズンも終盤に差し掛かった中で迎えたバイエルンとのチャンピオンズ・リーグの準々決勝を前に、2試合のベンチ入り禁止処分を科された。

 当然、ロッカールームへの出入り、チーム関係者とのやり取りも禁じられたが、どうしても「選手が到着する前には声をかけたかった」というモウリーニョは、本拠地スタンフォード・ブリッジでの第1レグのキックオフ前、用具係の協力を経て、ロッカールームへ忍び込んだ。

「昼間のうちに、ロッカールームへ入った。試合は19時からで、正午にはそこにいたかったからだ」と話したモウリーニョは、当時の緊迫感を振り返る。

「中に入るときは、誰にも見られなかった。問題だったのは、外へ出る方法だ。私は用具係に、洗濯かごの中に押し込んでもらったんだ。咄嗟の閃きだったよ。最初は幸いにも少しフタが開いていたから、息ができた。

 ところが部屋の外へ出ると、UEFAの連中が躍起になって、私を探し回っているものだから、用具係は洗濯かごのフタを閉めなくてはならず、私は息ができなくなったんだ。あれは参ったね」

 何とか事なきを得て、無事にスタジアムの外へ逃げたというモウリーニョだが、「用具係に開けてもらったときには、私は死にかけていたよ」とも話し、文字通り決死の脱出劇であったことを真剣な表情で語った。

 ちなみにこの時、チェルシーは強敵バイエルンを4-2で撃破。敵地での第2レグでは2-3と敗れたものの、2戦合計スコアで上回って、見事ベスト4へ勝ち上がった。指揮官の、身体を張った行為に触発されたのだろうか……。
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