【W杯 伝説への挑戦】ネイマール、死闘を乗り越えて――

2014年06月30日 大野美夏

絶対に勝つ、そう信じて最後まで足を止めなかった。

愛する我が子のようにネイマールを労るフェリポン。死闘を乗り越え、背番号10はまた一回り大きくなったはずだ。 (C) Getty Images

 ついに決勝トーナメントが始まった。ここからは、生きるか死ぬかのマッタ・マッタ(殺し合い)だ。その通り、チリ戦は死闘となった。
 
 ブラジルが苦しんだのは、チリのハイラインプレスにだ。時間とスペースを消され、鋭いショートカウンターに何度も脅かされた。
 
 17分、CKからダビド・ルイスが押し込み先制ゴールを奪いながら、32分にミスから同点弾を許す。自陣深くでのスローインを軽率に扱ってインターセプトされ、最後はアレクシス・サンチェスに決められた。
 
 運動量がまったく落ちないチリのプレスに手を焼き続けたブラジルは、勝ち越せないまま90分間を終了。30分間の延長でも決定打を奪えず、勝負はPK戦へと持ち込まれた。ここでチームを救ったのは、2本のPKをストップした守護神ジュリオ・セーザルだった。
 
 ノーゴールに終わったネイマールは、明らかに本調子ではなかった。
 
「午後1時(のキックオフ)は、サッカーに適した時間じゃない。暑さとの戦いだった」
 本人がそうこぼしたように、まずは暑さに苦しめられた。そして、怪我だ。キックオフ直後の激しい当たりで太腿を負傷し、その腫れと痛みが引かなかった。
 
 ルイス・フェリペ・スコラーリ監督は試合後、声を荒げた。
「あんな酷いファウルをしておいて、カードが出ないとは信じられない! 足がこんなに腫れてしまったんだぞ! それでもネイマールは最後までピッチに立ち続けた。でもそれは、サッカーが好きなネイマールだからこそできたこと。普通じゃできない」
 
 腫れと痛みでいつものように動けず、プレーは制限され、最高のパフォーマンスを見せられなかった。それでも、ネイマールは120分間を走り抜いた。しかもPK戦では5人目のキッカーを務め、極限のプレッシャーのなか、完璧なPKを難なく決めてみせた。2-2で迎えたそのPKをネイマールが外せば、ブラジルは負けていたかもしれない。
 
 胆力を見せつけたが、心は波打っていた。
「ペナルティースポットまでの距離が、あんなに長くに感じたことはなかった」
 わずか数十メートルが何キロにも感じたと、試合後に打ち明けた。それでも、「ボールのところまできたら、逆に気持ちが落ち着いた」と言うネイマールは、相手キーパーの動きを冷静に見極めて、蹴り込んだ。
 
 チリの5人目、ゴンサロ・ハラのシュートが右のポストを叩いた瞬間、ネイマールは地面に突っ伏した。魂が抜けたように、しばらく動かなかった。両手で顔を覆い、涙を流すネイマールを、フェリポン(スコラーリ監督の愛称)が労るようにして抱きすくめる。
 
「ネイマールは若干22歳だが、まるで経験豊富な35歳のようだ。青二才なんかじゃない。困難にぶつかっても自分でコントロールできる力を、この年齢にしてすでに持っている」
 
 苦しんだチリ戦、ブラジルのサッカーメディアの重鎮で、ご意見番とも言われるジュッカ・キフォウリの採点で、ネイマールは「6」だった。J・セーザルが満点の「10」、D・ルイスが「7.5」、チアゴ・シウバが「7」、そしてボランチのルイス・グスタボが「6.5」。守備陣の健闘に救われた試合だった。
 
 ネイマールは言う。
「今日のブラジルは良い試合ができなかった。チリは本当に手強い相手だった。でも、絶対に勝つ、そう信じて最後まで足を止めなかった。だから、最後に勝利を手にすることができたんだ。勝った瞬間、涙が止まらなかったのは力が抜けたから。これまであんなに努力してやってきたことが、水の泡になるのは耐えられなかった」
 
 死闘を経験し、それを乗り越えたことで、ネイマールはチームとともにまた一回り大きくなったはずだ。
 
文:大野美夏
 
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 ネイマール、リオネル・メッシ、クリスチアーノ・ロナウド――。自他ともに認めるブラジル・ワールドカップの主役候補の3人だ。彼らが挑むのは、ただし今大会の主役の座という限定的な栄誉ではないだろう。
 
 いずれもサッカー史に名を刻みうる特別な才能であり、ブラジルのネイマールはペレ、アルゼンチンのメッシはマラドーナ、ポルトガルのC・ロナウドはエウゼビオという、それぞれの国のレジェンドを超えうるカリスマだ。
 
 ブラジルの地で、いわば伝説に挑む3人の天才。その闘いに密着してお届けしよう。
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