「最初の半年は最高だったが…」かつてバルサと神戸でプレーしたイニエスタ憧れの名手が、現地ラジオで語る

2018年05月25日 山本美智子

「なにかやり残したような感覚が」(ラウドルップ氏)

ラウドルップ氏(右)は1年で神戸を去ってしまったが、イニエスタは契約をまっとうできるのか。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)、Getty Images

 現地時間の5月20日、アンドレス・イニエスタのヴィッセル神戸移籍が、いままさに決まろうかというタイミングで、そのイニエスタにとっての幼少時代からのアイドルであり、バルセロナとヴィッセル神戸の両方でプレーした経験のあるミカエル・ラウドルップ氏が、バルセロナのラジオ局『Catalunya Radio』に出演した。

「イニエスタと私は、そのプレーや人間性の部分で似ているところが多い」と話した上で、「私は1996年に32歳でヴィッセル神戸に行ったんだ」と、当時を振り返った。

「ラツィオ、ユベントス、バルサ、マドリーと、長年イタリアとスペインでプレーした私は、少し落ち着いた環境でプレーすることを望んでいた」と、まだJFL(現在のJ2)に在籍していた頃のヴィッセル神戸への移籍を決断した理由を説明した。

 その後、ヴィッセル神戸での経験を問われたラウドルップ氏は、「私がプレーしたのは、もう22年前のことだから」と前置きしたうえで、「最初の4、5か月は、最高に素晴らしかった。私はヴィッセル神戸で1年間プレーしたのだが、落ち着いた環境があり、まったくプレッシャーを感じることなくグラウンドに向かうことができた」のだという。
 
 心境の変化があったのは、入団して半年が過ぎた頃だったという。

「気づいたんだ。私は、こういった形では引退したくないと。なにかやり残したような、そんな感覚があったんだろう。そこでヨーロッパに戻る決断をした。イタリアやスペインほどレベルが高くないオランダのリーグにね。そしてアヤックスで1シーズンプレーして、私は98年のW杯に参戦したんだ。神戸での最初の6か月、私は本当にサッカーを楽しんだ。だがその後、もう少し競争力の高いところでプレーしたいと思っている自分に気づいたんだ」と当時を振り返った。

 とはいえラウドルップ氏は、あれから20年以上の月日が経ち、日本サッカーのレベルは格段に上がっているという。「いまの若い選手たちはヨーロッパでも結果を出しているし、日本のサッカーはテクニカルでスピーディーなものに進化を遂げた」と、あくまでも過去の経験に基づく話であることを強調した。

 スペインから神戸へ。イニエスタは自身が過去のインタビューで、「ほんのわずかでもいいから一緒にプレーできたらよかったのに」と語っていた憧れのラウドルップ氏と、偶然にも同じ道を辿ることになった。

 ラウドルップ氏はヴィッセル神戸のJリーグ昇格に貢献したが、イニエスタはクラブと日本のサッカー界になにをもたらしてくれるのか。

文●山本美智子(フリーランス)
 
みんなにシェアする
Twitterで更新情報配信中

関連記事