サプライズ招集の裏側――青山敏弘が約3年ぶりの代表復帰を勝ち取るまでの紆余曲折

2018年05月23日 寺田弘幸

「そこに手を伸ばし続けていた。掴み取るためにずっと努力してきた」

W杯中断前の最後の試合となったC大阪戦は0対2で敗れた。しかし試合後、青山の視線はすでにロシアへと向かっていた。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)

 連戦を締めくくる一戦の前々日に、青山敏弘の日本代表"サプライズ"選出の報せが飛び込んできた。

 開幕してから目前の試合に集中して一丸となって戦ってきたチームにとっても、そのチームを引っ張ってきた青山本人にとっても、C大阪戦だけに集中することが難しいシュチュエーションとなったなか、試合終盤に集中力が乱れて我慢比べに屈する今季の広島らしくない敗戦となったことは、ある意味で当然の結果だったと言えるかもしれない。

 もっとも、青山本人はこの敗戦も前向きに自分らしいと捉えていた。

「できれば勝って(サポーターに)送り出してもらいたかったし、勝って行ってきますと言いたかったけど、自分らしくていいんじゃないですか。もう一回引き締めて代表に行けと言われているんだと思う」

 その目線は、試合後からもうすでに日本代表に向かっていた。

「今季ここまで広島がやってきたことは本当に素晴らしいことだし、その中で自分が日本代表に選ばれたことは誇らしいこと。今年やってきたことを評価されて代表に行くんで自信を持って行きたいと思いますし、何も臆することなく合流したい」

 4年前のブラジル・ワールドカップでは世界との差に打ちひしがれた。「海外に行かないと世界との差は縮まらないのかなっていうのは感じた」が、それでも青山は広島で歩んできた。「自分は広島で成長して代表まで行かせてもらった。広島で成長したいというのが一番にあったし、広島だからこそ自分は成長できた。それを示すワールドカップになると思う」
 
 あれから4年間、広島で歩んできた道のりには自負がある。15年は主将としてリーグ制覇を果たしてJリーグMVPを受賞。リーグのトップに君臨したが、翌年からはパフォーマンスが高まらず葛藤の日々が続き、昨季はJ1残留争いを戦うチームの中で肉体的にも精神的にもどん底の状態にまで追い込まれた。ハリルホジッチ元代表監督から声がかからなくても誰も騒ぐことはなくなったが、それでも青山が代表への熱い想いを失ったことはない。

「どんだけ遠ざかっていようが、どんだけ自分が厳しい状況に置かれようが、そこに手を伸ばし続けていた。掴み取るためにずっと努力してきたし、そこだけは諦めなかった」
 

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