【番記者通信】あるファンの物語――全盲のスティーブンが見るサッカーの景色|チェルシー

2014年04月05日 ダン・レビーン

詳細で専門的な分析。トップレベルのスカウトと話しているような…。

スティーブンは、このスタンフォード・ブリッジに毎週一緒に通ってくれる相棒を募集中だ。

 スティーブン・メナリー氏と私は、ビールを飲みながら、期待されつつもトップレベルで活躍できなかった元有望株の話で盛り上がった。

「初めてジョシュ・マクイクランを見た時は、すごい選手が現われたもんだと喜んだものだ」
 27歳のチェルシーファン、スティーブンは興奮気味に続けた。
「周りの選手はマクイクランにボールを回す。パスと受けると、彼はリラックスした様子で、まるでフランク・ランパードのように振る舞うんだ。『さあ、誰にパスを出せばいい』と問いかけるようにして、チームメイトを動かすのさ。すごいと思ったね」

 ここで注目すべき点は2つある。ひとつはマクイクランだ。次代のスター候補として将来を嘱望されながら、殻を破り切れず、いまは下部リーグのクラブへのレンタル移籍を繰り返している。

 もうひとつは、幼い頃からブルーズ一筋で生きてきたスティーブンである。彼はマクイクランのプレーを“見た”ことはない。2001年に全盲になったからだ。

 この日スティーブンと初めて会った私は、チェルシーの選手のことなら何でも知っている彼の“ビジョン”に驚かされた。エデン・アザールやネマニャ・マティッチ、フェルナンド・トーレスなどの長所と短所を事細かに分析したその内容は、毎週欠かさず現場でチェルシーの試合を見ている私のそれよりも、ずっと詳細で専門的だった。一般人には分からない選手の能力を見抜いている、トップレベルのスカウトと話しているような気にさせられたほどである。

 スティーブンが本格的にスタンフォード・ブリッジ(チェルシーの本拠地)に通い始めたのは、14歳の頃だった。当時はまだ完全に失明はしておらず、見えるほうの目で選手を追っていたという。
「あの頃は望遠鏡で試合を見ていたんだ。海賊みたいにね!」
 そう言って笑った。片方の視力を失ったのは、癌が原因だった。

 チェルシーと陸軍は、スティーブンが愛を注ぐ対象だ。ロフタス・ロード(クイーンズ・パーク・レンジャースの本拠地)に隣接する陸軍士官学校に、彼は通っていた。

 01年3月22日、士官学校に通うその道でスティーブンの身にさらなる過酷な運命が降り注ぐ。IRA(アイルランド共和軍)によるテロ事件に巻き込まれたのだ。標的のひとつとなった英公共放送局『BBC』は、ロフタス・ロードの目と鼻の先にあったのだ。歩道にある懐中電灯のようなものを取り上げてみると、それは爆弾だった。

 なにもなかったかのように、スティーブンは述懐した。もちろん、この出来事は身体的にも精神的にも、彼に大きなダメージを残した。左腕は肘から下がなくなり、胸や顔に酷い怪我を負った。そして、見えていたほうの視力も奪われた。爆発の瞬間の記憶があると、スティーブンはそう言った。救急隊員と交わした話の内容も覚えていると言う。瀕死の状態だったにもかかわらず、だ。

 病院の集中治療室に入ったのは6週間。おそらく助からないと医師にも言われながら、一命を取り留めた。格闘が始まったのは、ここからだ。料理や掃除、ちょっとした外出にも大きな困難が伴う。試合観戦もそのひとつだ。

 それでも、ラジオの解説、友人や仲間のコメント、さらにスタンドの歓声などから状況を掴み取り、スティーブンはピッチ上の出来事を完璧に認識している。サッカー関連のニュースを漁り、さまざまな角度からの分析に自身の考察を加え、選手がどんなプレーをしているのか見極めるのだ。
「実況を聞きながら試合を“見る”のは、僕にとって『プレーヤーカム』を付けているようなもの。つまり選手に取り付けた視線カメラを覗いているよう感覚さ。僕はその選手になりきっているんだ。自分の周りを見てボールを受けるスペースを探すとか、そうした選手の動きをこうやって可視化しているのさ」

 そしてこう続ける。「YouTubeのような新しいテクノロジーもあるし、これはとくに重宝しているよ」

 最新のテクノロジーでもスティーブンを助けられない部分がある。スタジアムへの道のりだ。大混雑した通りを人の波に洗われながら進むのは、全盲の彼にとってとてつもなく難儀なことだ。

 アーセナルファンで付き添い役を買って出てくれる友人がいれば問題ないのだが、その友人がエミレーツ(アーセナルの本拠地)に出向く週末は、ひとりでなんとかしなければならない。ザ・ブリッジ(スタンフォード・ブリッジのこと)まで毎週一緒に行ってくれるチェルシーファンを募集中だ。

【記者】
Dan LEVENE|Fulham Chronicle
ダン・レビーン/フルアム・クロニクル
チェルシーのお膝元、ロンドン・フルアム地区で編集・発行されている正真正銘の地元紙『フルアム・クロニクル』のチェルシー番。親子三代に渡る熱狂的なチェルシーファンという筋金入りで、厳しさのなかにも愛ある筆致が好評だ。

【翻訳】
松澤浩三
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