【浦和】柏木陽介が語った恩師ミシャへの想い。「勝つことで恩返しをしたい」

2017年08月01日 塚越 始(サッカーダイジェスト)

日本人のサッカーを理解したうえで取り組んでくれた一番の指揮官だった。

8月1日の堀新体制の練習後、柏木は今回の監督交代について「自分自身の不甲斐なさしかない」と語った。写真:サッカーダイジェスト

 浦和レッズは8月1日、堀孝史新監督のもとで、初めての練習を行なった。トレーニングのあと、柏木陽介が『恩師』であるミハイロ・ペトロヴィッチ前監督への想いを語るとともに、堀新体制下での巻き返しを誓った。
 
 まず、ミシャ(ペトロヴィッチ前監督の愛称)前監督の解任を受けて、柏木は自責の念にかられたという。
 
「みんなでまとまっていこうという気持ちでやってきたけれど、それが結果に結び付かなかった。監督が代わってしまい悲しいという想いよりも、まず自分自身に対する不甲斐なさしかない。決して頑張っていなかったわけではなかったが……。ただ、この練習までには切り替えようと思ってやってきた。しっかりとなにか堀監督と成し遂げられるように頑張っていきたい」
 
 2012年からの5年半、柏木はミシャ体制下で常に主力としてプレーしてきた。広島時代にも、その薫陶を受けてきた。そんな大きな存在であるペトロヴィッチ前監督への想いを、柏木は次のように語っていた。
 
「僕は常にミシャの気持ちであり想いを心の中に持って、ずっとサッカーをやっていきたいと思っています。俺の人生の中で、監督と出会えなければ、今の自分はなかったはずですから。
 
 だから、チームがここから上がっていくこと。それがミシャへの恩返しになる。正直、気持ちの整理がつかなかったので、(解任が決まったあと)まだミシャとは話をできていません。近々、落ち着いたら、ちょっと直接会って、話をしたいなと思っています」
 
 ペトロヴィッチ前監督のことを「僕にとっては父親と言える存在」と言ってきただけに、今回の解任劇を受けて「何年かぶりに嗚咽するほど泣いてしまった」という。
 
「サッカーどうこうよりも、人として、素晴らしかった。頑固さもあるけど、外国人監督の中でも日本人のサッカーを知ったうえで取り組んでくれた面では、ミシャが一番だったのではないかと思う。それだけに結果を出せず、申し訳ない気持ちしかないです」
 
 そして、これもなにかの因果かもしれない。リーグ戦の無敗記録が続くなか、開幕の横浜戦以来の黒星を喫し、そこから悪循環にハマってしまった。その端緒となるのが、4月30日の大宮戦――さいたまダービーだった。

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