【小宮良之の日本サッカー兵法書】選手は己の海外挑戦が自国のサッカー界に及ぼす影響の程を知れ!

2017年07月12日 小宮良之

海外で「日本人」の看板を下ろすことはできない

偉大な先輩、長谷部がいるフランクフルトへ移籍した鎌田。同じ日本人として何かと比較されることは間違いないが、それを乗り越えた先には彼自身の成長、そして日本サッカーの進歩が待っている。 写真:田中研治

「海外に移籍してダメだったら、日本に戻ってくればいいよ。失敗しても、次があるんだから」
 
 それは正論と言っていい。
 
 海外挑戦において、全てのサッカー選手が成功を収められるわけではない。捲土重来、再起を期すというのも、ひとつの生き方である。
 
 そもそも移籍を決断する時、切実な思いだけでは、精神的に追い込まれてしまう。ある種の開き直りは、決して悪いことではないかもしれない。
 
 しかし、海を渡ってすごすごと戻ってくるとしたら、それは紛れもない「撤退」であることを理解しなければならない。挑戦者を労わるべき、という意見は的外れである。なぜなら、海外挑戦というのは、その選手ひとりの問題ではないからだ。
 
 日本人選手が海を渡る場合、彼は「日本人」として異国での挑戦に臨むこととなる。それぞれ異なる人間であり、個々の名前があるにもかかわらず、人々はその選手が「どこの国の選手か」を見ている。
 
 つまり、ある選手がなんの爪痕も残せずに日本へ帰った場合、人々は「日本人」が結果を残せなかったと認識・記憶することとなり、ひいては日本人選手全体の評価が下がることに繋がってしまう。これが原因で、移籍の流れが悪くなる可能性も大いにある。
 
 海を越えたら、望むと望まざるにかかわらず、「日本人」という看板を下ろすことはできない。それを肝に銘じるべきである。
 
 欧州のクラブが日本人選手に興味を持つとしたら、それは、ある日本人のプレーが際立っているのを目にしたからだろう。
 
その証拠に、ドイツのブンデスリーガでは、日本人の移籍ルートができ上がった。奥寺康彦、高原直泰、長谷部誠という系譜において日本人選手の信用が高まり、後に続いた内田篤人、香川真司、岡崎慎司、細貝萌、酒井宏樹らが、さらに道を広げたのである。
 
<日本の電化製品は丈夫で壊れないし、クオリティーが高く、細やかなサービスもある>

<自分も欲しい>

 同じ理屈だ。
 
 過去の日本人選手が開拓してきた歴史を、忘れるべきではない。

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