【連載】蹴球百景 vol.13「ヒリヒリするような体験、再び」

2017年03月19日 宇都宮徹壱

UAE戦、タイ戦を前に感じることは……。

11年のアジアカップの際に訪れた「ドーハの悲劇」の舞台であるアルアリ・スタジアム。空虚な楽観を戒める場所である。(Doha. 2011)

 今月23日にUAEはアル・アインで行なわれる、ワールドカップアジア最終予選の取材準備に追われている。アウェーのUAE戦とホームのタイ戦に臨む日本代表メンバーの発表も終わり、いよいよ現地に乗り込むわけだが、現在の心境は「楽観半分、不安半分」というのが率直なところ。もちろん、実力と戦力では日本が上であることは間違いない。それでもUAEに対しては過去2戦(15年アジアカップ準々決勝と昨年のホームでの最終予選)、いずれも嫌な負け方をしているし、今回はアウェーということで心配の種に事欠かない。
 
 いつの頃からか、「日本はアジア予選を突破して当たり前」という空気が充満するようになっていた。そんな空虚な楽観を戒める場所が、カタールにあるアルアリ・スタジアム。いわゆる「ドーハの悲劇」の舞台である。11年のアジアカップで現地を訪れた際、私を含めて何人かの同業者は、ある種の高揚感を抑えきれずにいた。実のところ私の世代でも、93年のドーハを取材記者として経験した人は限られている。すでに新聞社やTV局に入社していたとしても、2~3年目の若手が現場に送り込まれることは、まずなかったはずだ。
 
 早いもので、あれから来年で丸四半世紀である。その間いろいろあって、日本はワールドカップの常連国となった。しかし、いつまでも「アジアでは安泰」というわけではない。実際、先のアジアカップを境に「日本、韓国、イラン、オーストラリアの4強」というアジアの勢力地図はにわかに崩れつつある。今最終予選でいえば、韓国は一時期グループ3位に沈んでいたし。オーストラリアもタイと引き分けている。過去の実績だけでは推し量れない、そんな時代の流れの中で、われわれはアジア予選を戦っているのである。
 
 思えばアジア予選が始まる前、私たちは、「ドーハ」や「ジョホールバル」のような絶望と絶頂というものが、もはやこの予選では望むべくもないと考えるようになっていった。もっともワールドカップ予選に関して、われわれにはまだ経験していないシチュエーションがある。それは「連続出場記録が途切れる瞬間」──。もちろん、あまり考えたくないことではある。が、フランスやオランダのような伝統国でも、こうした経験を経て今がある。日本がそうならないという保証は、実のところどこにもない。
 
 ドーハからのTV中継に固唾を飲んで見入っていた頃、私は入社2年目の一介の会社員であった。ワールドカップの本大会はもちろん、日本代表が戦っているアジア最終予選という舞台ですらも、現地からの映像と音声が不鮮明なこともあって、何だかとても遠い世界に思えてならなかった。そんなことを思い出しながら、ヒリヒリするような最終予選の現場に取材者として立ち会える僥倖を噛みしめている。「連続出場記録が途切れる瞬間」という、未知なる恐怖に打ち勝つべく、これまで以上に気を引き締めて現地に向かうことにしたい。そんなわけで、現地組の皆さん、共に勝利を!
 
宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
 
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